Burnt1 斜陽に照らされて
今回はバクフーマーこと風間丁視点です。
俺はカーテンから差す夕日に背を向けながら、窓に寄りかかってうたた寝していた。
視界には、俺の愛する人が横たわって寝息を立てている。
……いつも同じ夢を見る。
バクフーマーとしての風間丁の終わりを決定付けた、あの日の夢を。
停電で、夕日だけが明かりになった学校。
その廊下に、俺はいた。
眼前には、怪人の女性が立っている。
布とも金属ともつかないボディスーツに身を包み、キツネを模したヘルメットを被っている。
吊り上がった口元と白銀の長髪だけが露出していた。
彼女は“妖狐型怪人リーコック・ノヴェム”の……その、本体だ。
そして大切な婚約者――二ノ前八恵だ。
これまで学校内に怪人が次々と現れてきたが、その犯人がわからずじまいだった。
リーコック・ノヴェムとは何度か戦闘になったが、そのどれもが異なる女子生徒が素体になっていた。
最後の最後で、八恵さんが自ら正体を明かした。
今、ここで。
「そう、わたしが……ワタシこそがリーコック・ノヴェムだ」
「八恵さん……もう、こんなのやめよう」
「やめる? ッフフフフ……却下だ。ワタシはあのお方に忠誠を誓った。キサマなんかにほだされるほど、ワタシの決意はヤワではない。征け、我が眷属達よ」
彼女が指を鳴らすと、廊下の曲がり角から同じ姿をした少女達が8人現れた。
「可愛い生徒達と、最後の思い出づくりをしよう」
「「「「ワタシ達で」」」」「「「「バクフーマーを殺す」」」」
ああ……地獄だ。
バイオコアを破壊しなくちゃ、彼女を止められない。
「やるしか……ないのか!」
『MAGINATION SYSTEM STARTIN’ UP』
腕時計型変身デバイスが赤い光を放つ。
『B.K.F.M.R. IGNISSION』
「――変身」
デバイスからナノマシン装甲を展開し、俺はバクフーマーに変身する。
炎の意匠を各所に取り入れた、真っ赤な装甲。
夕日のような、オレンジ色のバイザー。
闇を照らす炎、壁を崩す爆風を象徴とした、俺の戦闘服だ。
両腕に備え付けられたナノグレネード射出装置によって、遠距離に爆発を発生させられる。
威力を最小限に絞り込み、なるべく傷付けないようにする。
付かず離れずの距離を保ち、近接戦闘は避ける。
「どうした、当ててみろ!」
なるべく校舎も破壊しないように気をつけないと。
そう考えると、範囲はどうしても小さくなった。
袋叩きだけは何とか避けた。
というのも、リーコック・ノヴェムの集団はそこまでチームワークが優れているわけでもないからだ。
自分が数人、確かに手の内はよく解るだろう。
だが上手な連携は経験を積まないと生まれない。
その事に気付いたのか、リーコック・ノヴェム達は分散して動くようになった。
愛している人の顔は、たとえ口元しか見えなくても解る。
けれどそれは静止している相手を、落ち着いて見ている場合に限っての話だ。
窓から。
曲がり角から。
机の影から。
扉を突き破って。
多彩な不意打ちを駆使してヒット・アンド・アウェイ戦法に出られると、こっちが打てる手は限られてしまう。
図書室へ。
ここは2階建てで、吹き抜けの通路も多い。
相手にとって非常に有利な地形だ。
俺は、まんまと誘き寄せられてしまったのだ。
だが。
爆風の影響なのか途中で床が抜け、分体の一人が転落した。
「――ッ!」
俺は下に飛び降り、様子を見る。
「痛いよぉ、風間先生ぇ……」
女子生徒が、うずくまっている。
変身は解けていた。
脛から膝あたりに切り傷ができている……運ばないと。
俺は急いで飛び降り、手を差し出す。
追手は、まだ来ていない。
「大丈夫かい! ほら、掴まって」
「……なんてね。ちょろすぎでしょ」
「はッ――!?」
首を掴まれた。
歪んだ笑みを浮かべる女子生徒の両目は、赤く光っていた。
「あッ――ぐああッ!」
俺は投げ飛ばされ、壁を突き破り、外の斜面を転がり落ちて、グラウンドの砂を浴びる。
俺を投げ飛ばした女子生徒は、笑みを崩さず歩いてくる。
髪が少しずつ銀色に変わり、全身をドス黒いモヤモヤが包んでいく。
そして、リーコック・ノヴェムの姿に変わった。
……こうなることは、わかっていた筈だ。
きっと、心の何処かでそんな予感はしていた。
それでも俺は、見捨てる事はできなかった。
彼女の背後で図書室が爆発炎上した。
消火装置は機能していないようだった。
「見ろ。貴重な書物も、オマエのせいで焼失するのだ! 実に愉快だね!」
「そんな事はない。ここで、止める」
「憐れだな、バクフーマー! 我らパックス・ディアボリカに楯突いた代償を支払っても尚、諦めないの?」
俺は立ち上がり、構える。
増援が少しずつ増えてきて、最後に本体がやってきた。
その頃には機動隊の放水車と、それから救急車と消防車も来ていた。
誰かが通報してくれていたのだろう。
けれど放水車の高圧放水をもってしても、リーコック・ノヴェムのチームを無力化できなかった。
ましてや怪人とはいえ元は民間人。
それに、洗脳されていると明確に情報も伝わっている以上、殺害は下策でしかない。
結局、俺が戦うしかなかった。
この当時は“怪人対策課”なんて存在していなかったから。
どれくらい長い間、戦い続けたか。
正直、まったく覚えていない。
もみくちゃにされては投げ飛ばし、言葉での説得を必死に試した。
機動隊の一人が痺れを切らして銃を撃ち、俺がそれを庇った。
けれど銃弾は俺の肩を貫通し、リーコック・ノヴェムの本体――八恵さんの肩をも貫いた。
痛みに悶える八恵さんのバイオコアを、俺は引き剥がした。
それを空中に放り投げ、爆破する。
派手な轟音や光と共に、バイオコアは砕け散った。
と同時に、八恵さんは糸の切れたマリオネットのように、その場に崩れ落ちた。
何とか抱きかかえて、頭を強打しないように気をつけたけど……。
他の生徒達も変身が解け、倒れた。
彼女達については、機動隊が介抱してくれていた。
この戦いからしばらく、八恵さんは目を覚まさなかった。
俺は、戦いが終わるたび、病室に駆け込んだ。
やがてパックス・ディアボリカの首領、エヴァーダークを倒した。
「かたきは、討ったよ……これで、世の中が今までよりずっと平和になる」
病室で眠る八恵さんの手を握り、俺は伝えた。
無遠慮で無思慮な報道陣の連中をどうにか回避しつつ、教師の仕事をするかたわら、帰りに毎日病院に通った。
八恵さんはいつか必ず目覚めると、俺は信じていた。
……確かに目は覚ましたさ。
けれど。
何も、あのタイミングじゃなくても良かったじゃないか。
病室の扉に近づけば、ワイドショー番組のナレーションが聞こえてくる。
休日の昼といえば、多くの人達がそれを観る。
『鏡有栖町を騒然とさせたパックス・ディアボリカのアジト攻防戦から一週間が経ちました。その尖兵として東有栖高等学校に潜入していたリーコック・ノヴェムは――』
「夢じゃ、なかった……わたしが、わたしが何もかも……あれは、現実だった!!」
俺は扉を開けた。
すぐに飛び込んだ。
果物ナイフで今にも喉を切り裂こうとしていた八恵さんの両手を、俺は掴んだ。
怪人としての腕力は、もう残っていないらしかった。
「はぁ……はぁ……ッ」
ほんの数十秒だったと思う。
けれど、俺にとっては何よりも長かった。
もし少しでも気を緩めていたら、病室は血に染まって、八恵さんは帰らぬ人となっていただろう。
「八恵さんが、悪いわけじゃない……悪いのは、パックス・ディアボリカだ」
「でも、たくさんの人を殺したのは、わたしだよ……数えきれないほどの人達を、殺した……赤ん坊を奪って、怪人の素体として提供したりもした。わたしの身体が罪を犯した事実は、絶対に消えないんだよ……ッ」
「……」
「君との、赤ちゃんね……ホントは、いたんだけど……怪人の、材料に、なっちゃった……」
「……」
「どうして……わたしを殺してくれなかったの……!?」
これが最後に交わした会話になってしまった。
彼女の頬を伝う涙を、拭ってやる前に、彼女はガクリと倒れた。
ナースコールをしてから事情を伝えて、目が覚めるのを再び待った。
けれど、目を開けた彼女は、廃人同然になった。
俺には殺せないよ。
殺せなかったんだよ、八恵さん。
どうすれば良かったのかな。
こんな残酷な結末を、あなたには迎えて欲しくはなかったよ。
……全て遠い記憶だ。
この残りの人生は、抜け殻とか、絞りカスとか、焼け跡とか……そういったものを消化しているだけに過ぎない。
彩りを喪った日々に、後悔だけを滲ませて、死なないままで毎日を過ごしている。
なのに、その変化は突然やってきた。
――ピンポーン
安っぽいチャイムが鳴って、あどけない女の子の「ごめんください! 八恵さんはご在宅ですか!?」と尋ねる声。
起き上がって、頭をひねる。
はて。
――ピンポーン
もう一度、チャイムが鳴る。
俺は家族から絶縁されているし、八恵さんの両親は……彼女が――いや、パックス・ディアボリカに殺されたようなものだ。
マスコミは既に、パックス・ディアボリカに関係した企業の不祥事を追いかけるのに夢中で俺の事なんて眼中にないだろう。
じゃあ、誰が?
俺は疑念を胸に、そのドアを開けた。
もちろんチェーンは外さないままだ。
薄く開けた玄関の隙間から、黒髪の少女がこちらを見上げていた。
その顔立ちは、何処か八恵さんを思い起こさせた。




