Task04 マキトとイスティの心を折れ
なあ、マキト。
対話ってやつは、味方になる見込みのある“お友達”にしてやるもんだ。
根っからの敵である俺にそんなもんを試すのは、お前さん自身が俺達の側に回ることにもなりかねないぜ。
「俺が“こうなって欲しくない”と思っていたことを、こうもピンポイントでやってくれるとは。お前さん、嫌がらせが上手くなってきたじゃないか」
俺が飛ばす煙の槍を、小さな氷の粒を蒸発させることで相殺してくる……。
最小限の消費で防ぎきる辺り、どうやら本格的に俺への対策をモノにしてきたらしい。
「お褒めに預かり光栄だね!」
マキト、お前さん俺みたいな返しをするのかい。
「私のフィアンセは本当に強くなった。その点については貴様に感謝してやらんでもないぞ、ブービー・スー!」
振り下ろされた、青白い光の剣。
ブロードソードをやめて宝剣だか聖剣だかでも拾ったのかい。
ジェダイの真似事とは頭が下がるね。
確かにそいつじゃ刃は折れないが、その分やり方は他に幾らでもあるんだぜ。
それにこの手の武器は機関部を壊しちまえば使いもんにならなくなると相場が決まっているのさ。
煙の壁を肘鉄に展開して、ライトセイバーもどきを弾く。
「くそ、またか! 化け物め!」
「ご存知かね。人間こそが、この世で一番度し難い化け物なのさ」
氷のマシンガンが毎秒50発ほどの速度で叩き出される。
俺は煙の壁でその全てを掻き集めて巨大なトゲトゲボールにし、マキトが息切れしている最中を狙って、イスティの顔面に投げつけてやる。
……煙の槍を加えて、運動エネルギーを水増しだ。
「く!?」
光の剣なんぞで防ごうとすれば、一気に蒸発して水蒸気になる。
さぞかし面食らっただろうよ。
さて、それじゃあ煙の槍で、熱湯の塊になったそいつに指向性を持たせよう。
すると、容赦なく篭手にぶっかかり、ジュウウと音を立てて隙間から入り込む。
「ぐあ、あああ!? 両手が、あああぁぁぁ!!」
「イスティ!?」
ただの氷玉だと思ったのなら、大きな勘違いってもんだぜ。
お前さん達、連携の訓練が足りなかったんじゃないかね。
宝剣を取り落としうずくまるイスティの首根っこを、強めに引っ掴む。
「くはっ!? は、離せ!」
「マキト、そこで見ているといい。今からお前さんの嫁を借りるぜ!」
「やめろ! 何をするつもりだ!」
「こうするつもりさ」
メニューからショップを呼び出そう。
まずは高圧魔導ガスとやらのボンベとチューブを購入して、イスティの口の中にブチ込む。
ファンタジー世界の連中はとにかく頑丈だ。
「むぐぐぐぐぅううッ!?」
「イスティ! くッ……!!」
氷の魔法が幾つも飛んでくるが、大したことはない。
どれも、スキップを交えて避けられる程度の緩やかなものばかりだ。
イスティを巻き込みたくないのがよくわかる。
「こいつもろとも凍らせるかい。ほら、早くしないと胃もたれしちまうぜ!」
次に胃袋にブチ込むのは、炒り豆だ。
さあ、イスティ。
お前さんはもう、想像がつく筈だ。
これから何が起こるのかが。
「――これは! 名付けて! ダーティ人間火器だ!!」
ボボボボボボボボッ。
「んぶぉおろろろろろろろろろッ」
内臓を通してガスに煙の槍を乗せ、イスティの口から豆が超高速で撃ち出される。
たぶん胃液とか唾液とか、下手をすりゃあ鼻水まで豆に付いているだろう。
そんなものが空気の摩擦で発火しながら飛んでくるのを見りゃあ、どうあったって穏やかじゃあいられまいよ!
さて、クレフ“グレイ・ランサー”マージェイトの女共は……この後のために残しておく。
とっておきの余興には、とっておきの美女共が必要だ。
そのためにも、野郎共はキレイに掃除しようじゃないか。
「わあああ!?」「助けろ、クソが、あああ!!」
「逃げろ! やめ、熱い、熱い!」
当たれば燃えるし、結構痛いだろう。
そしてそれを吐き出すイスティも。
火達磨になって転がる奴もいた。
なに、ナパームじゃあないから転がり続けりゃいつか火は消えるだろうさ。
……いや、マキトがたった一人で消して回ってやがるな。
なるほど、寒気と引き換えに消火活動とはご苦労なこった。
「ほら、弾切れまでもう少しだぜ! 頑張って逃げ回りな!」
「嫌、嫌ぁあ!?」
まあ豆なんざ買えばいくらでも補充できるがね。
だが、飽きてきたから、もうすぐ弾切れって事でいいだろう。
『こら、スーさん、こっちまで飛ばして来んな! 汚いから!』
『悪いね! ふはは!』
さて。
そろそろいいだろう。
クレフの取り巻きの女共に、イスティ豆鉄砲を構えて俺は問いかける。
「どうした。命令者はとっくのとうにオネンネの最中だ。お前さん達はいつでも、やられたふりをして逃げることができるんだぜ」
「そ、そんなことっ! できるわけない……! あいつに逆らったら、こ、殺される!」
俺は、怯えきった女の視線をたどり、出入り口を見た。
高校生くらいのガキ共が数人ほどひしめいて、板切れとクロスボウを構えてやがる。
あれが多分クレフの言うところの、恵まれない可哀想な“同志”の連中だろう。
今まで前に出てこなかった臆病者共め。
いっちょ前に督戦隊気取りとは笑わせやがるぜ。
まあいいさ……俺は女共に向き直って人差し指で“静かに”のジェスチャーをしてみせた。
「そこで見ておけよ。素敵な腹癒せを用意してやる」
パチンッ。
俺は煙の槍でクレフを引き寄せて、同志とやらの前に放り投げた。
「お前さん達のボスは寛大だ。きっとお前さん達の無体を受け入れてくれるだろう。
思う存分、貪っていいんだぜ。今まで他の女どもにそうしてきたようにね! ふはは!」
奴らは生唾を呑む。
もちろん俺はイスティ豆鉄砲を構えて牽制したままだ。
マキトが妙な動きを見せたら、こいつで火達磨にしてやるのさ。
……ロナのほうも終わったらしい。
いいペースだ。
背中のバカでかい青白い手でフォルメーテの顔面を掴み上げていた。
『フォルメーテを寄越せ』
『はいは~い。じゃ、紀絵さん手伝ってきますね、あっち苦戦してますし』
『任せた』
放り投げられたフォルメーテが、錐揉み回転して、二度、三度とバウンドしながら転がってくる。
「クレフが駄目なら、こっちの女ならどうだい」
フォルメーテを蹴り転がし、ガキ共の前に運ぶ。
「哀れな女だぜ……手を貸す相手を間違えやがって。クレフなんざ放っておいて、お前さん達女共だけでパーティを組めば良かったのさ」
そんなフォルメーテが地面に肘をついて、胸から上をなんとか起こす。
……驚いた。
あんなに乱暴に放り捨てられて、気絶しなかったとは。
「い、や……で、す……クレフ様の、力は……いつか、世界を……変、えッ――」
――頭を踏みつけてやる。
「入ったカジノか。選んだゲームか。ベットした金額か。賭けた札か。それとも、その全部をマズったのかは知らんがね。
……しがみついた結果、今てめえの懐は素寒貧なんだぜ。ゲームを続けたけりゃあ身体で支払えよ。そうだよなあ、可哀想な子羊共!
さあ、やっちまえ、やっちまえ。俺からは手を出さないと約束しよう」
ガキ共は、顔を見合わせた。
与えられることだけを望む、人の皮を被った怪物共。
恨み節を火に焚べてなお、てめえの母親になってくれるかもしれない女を渇望する、迷える子羊達。
「そ、そうだよな……あの子らとヤらせてはくれたけど処女はくれなかったし……」
「俺らこんなにいるのに、専属の子は、いくら幼女っつってもゾンビばっかり寄越しやがるし……」
「みんなが見ている前で滅茶滅茶にしてやれば……」
「仕方なくやらされてるだけで……」
督戦隊はフォルメーテに釘付けだ。
ズボンのベルトを外して、臨戦態勢と来たもんだ。
たっぷり楽しめよ。
人生最後になるかもしれん。
さて。
次は、女共だ。
「クレフが余った……いいかい、お前さん達には選択肢をやろう」
こっちも生唾を呑み込んだ!
成り行きを見守ろうとしてくれている、ありがたいぜ!
「主を見捨てて逃げるか。てめえらを捕まえて好きなようにしてきた、その復讐をするか」
メニュー!
道具一覧を展開!
カテゴリーは、工具を選択!
購入!
「武器はここに用意した。どれも長く苦しませるスグレモノばかりだぜ」
ペンチとか、針金とか、剣山とか、高圧洗浄機とか、他多数!
とにかく殺傷能力はそんなに無いものばかりだ。
「俺からは手出ししないと約束しよう。どうせそいつは長くない。そして俺はお前さん達をいたぶっても旨味がない。いい条件だろう。さあ、どっちか好きなほうを選べよ」
肩越しに振り向いてマキトを見やれば、さながら陸に打ち上げられた魚みたいに口をぱくつかせてやがる。
そしてようやく声を絞り出したかと思えば、月並みな言葉しか出てこないときたもんだ。
「……ダーティ・スー! 何をさせるつもりだ!」
「慈善事業だよ。憂さ晴らしの手伝いをしてやるのさ。ここにいる連中だって今日中に坊主の仕事を増やすことになるかもしれん。だったら、少しでも楽しめる余興を用意してやるべきだろう」
マキト。
今この場で俺が相手にすべきは、お前さんだけだ。
他の連中は、隅っこで仲良く遊んでりゃあいいのさ。
俺は壁際にイスティを放り捨てて蹴り転がす。
「んぶっ、げぇ……」
いい声で啼きやがるぜ、あの女……。
「く……お前……!」
「マキト。よく見ろ。俺と一緒に愉悦のお勉強をしよう。そら、開始の合図だ!」
ズドン!
堰を切ったように、女共が武器を取ってクレフに群がっていく。
一人が押さえつけて、もう一人が肩を切断していく。
背中も、顔も、引っ掻き傷が増えていく。
「ぎゃあ、痛ぇ、痛ぇえええ!! お前ら、何しやがるんだ!」
叫ぶクレフの目の前に、俺はしゃがみこんだ。
「もう少し寝ていても良かったんだぜ」
「ダーティ・スー! てめえ……!! てめえは地獄に落ちろッ!!」
「お生憎様。地獄にゃ何度もお邪魔したが、随分前に出禁にされちまってね。お前さんが代わりに行ってくれよ。エド・ゲインとアンドレイ・チカチーロがお友達になりたいって言っていたぜ。ふはは!」
「がああぁッ! くそッ! 俺は転生者だぞ!? どうして女ってやつは感情で手のひら返しやがるんだ! くそッ、くそぉおお!」
ボブカットの金髪のおチビちゃんが、高圧洗浄機を奴の右目に至近距離でブチ当てた。
「感情的になって私達を慰み物にしたのは、お前でしょ……許さない。お前だけは!」
憂さ晴らしは順調かね。
黙らせるのは、充分に苦痛を与えてからにしろよ。
お、クレフの右目が潰れたらしい。
血が出ている。
だがそれだけだった。
飛び出してきたフレンが、おチビちゃんを羽交い締めにして止める。
フレン……まだ元気だったのかい。
「ベル、駄目だ! これ以上は!」
「お願い。何もかも終わらせたら、いつもの私に戻るから。だから、今はほっといて」
「ベル……」
フレンはそれきり、立ち尽くしていた。
この木偶の坊め、早めに葛藤を切り上げろよ。
「マキト。後はお前さんだけだ。じっくりいたぶって芋虫にしたあと、外に引きずり出してお前さんの徒労をその目に焼き付けてもらう」
「いや。鎮めてみせるよ。こんな洒落にならない悪ふざけは」
……“洒落にならない悪ふざけ”だとさ。
素敵な言い回しだぜ、マキト。
「その手の御大層な啖呵はこれで何度目かね」
「覚えてない。あいにく算数は苦手でね……――ヒーリング・アヴァランチ!!」
マキトを中心に、オレンジがかった黄金の光が、津波のように波打ちながら広がっていく。
直後に俺は、マキトの成長が予想以上にアンバランスであることを悟って、溜息を付いた。
「まったく解っちゃいない」
……新しく買っておいた、とっておきの弾薬を装填だ。
狙いはフォルメーテ。
ズドン!
黒い靄がフォルメーテを貫いた。




