Task2 奴らの目の前で獲物を蹂躙しろ
「ダーティ・スー……お前のせいで、俺は……!」
槍と拳を交える最中、長々と話をしてくる亜麻色の長い髪の女――クレフもといグレイ・ランサー!
よくもまあ、激しい運動の最中にそこまでペラペラと語れるもんだ!
赤コーナーの不死身野郎は、外に行っちまった。
どうやらてめえの居場所が無い事を察したらしい。
だから闘技場のリングの上にいるのは、二人だけだ。
サシで戦うっていうのは、まったく素晴らしいね。
好きでもない奴とデートしている気分だ。
『うーわサイテーだなコイツ。逆恨みでレイプして奴隷化とか引くわー。しかもスーさんのせいにするとか、どんだけガキなんだよ』
ロナが念話で茶々を入れてくれるのが救いだ。
直接聞かせてやりたいくらいだぜ。
まあいいさ。
実際、俺が責任を取るべきなのは事実だ。
俺だけを憎むように仕向けられなかった、俺以外に怪我をさせた、その代償は払っておこうか。
パチンッ。
煙の槍を上空から雨のように降らせる。
グレイ・ランサーは宙返りを交えて飛び退き、避けた。
(もっとも、何発かは受け取ってくれたがね! 食らってくれてありがとう!)
「あくびの出るような土産話をどうも。おかげで来世までぐっすり眠れそうだぜ」
「なら今すぐ眠らせてやるよ、ダーティ・スー!!」
グレイ・ランサーが槍を構えて、俺をめがけて突撃してくる。
台詞も相まって、陳腐にも程があるぜ。
突進はあくまでフェイントのつもりだろうが、この距離でも意外と当たるんだぜ。
ズドン!
「狙いが甘いぞ!!」
「ほう」
跳んだ、か。
するとなんだい、お前さんはジャンプの軌道を空中で変える秘策をお持ちなのかね。
さもなきゃ軌道を読まれて的になるだけだぜ。
ズドン!
ズドン、ズドン、ズドン!
「当たるかよ、そんなクソ雑魚豆鉄砲!!」
空中でステップを踏むとはね。
やるじゃないか。
悪くないぜ。
そして奴は槍を構える。
「こいつで小手調べだァ!」
――ボッ
槍から大火球が飛んできた。
いいねえ、目玉商品を早々にお目にかかれるとは!
じゃあ俺はその大火球を蹴飛ばして、敢えて観客席にぶつけてやろう。
そうら、ドカンだ。
「「「ひいいいい!?」」」
さぞかし驚いただろうね。
(さながら、ベビーカーの中で銃弾をやり過ごす赤ん坊だ)
だが結界は、お前さんの命だけは守ってくれるのさ。
ぶつかっても、揺れるのは空気だけだ。
安心してくれよ!
ここには、いないんだ。
ベビーカーを攫ってくるクソ野郎も。
赤ん坊をテーブルに乗せて、オモチャの銃で狙うクソ野郎もね!
と言っても、寿命は縮むだろうね!
死ぬ思いをしたなら!
「……お前さんの吐き出した汚物のせいで、危うく観客席が子供にゃ見せられない絵面になるところだったぜ」
「ああ、いい気味じゃないか。もっと出してやろうか?」
「俺は別に構わんが、果たして周りの勇者サマは見逃してくれるかね?」
俺は選手入場口を手で指し示してやった。
何人か、こっちに来ている。
その中には、グレイ・ランサーに武器を向けているのが明らかな奴もいた。
明確な敵対行為だ。
「奴らはもろとも縄に括る魂胆だぜ」
「……チッ」
「ふはは! 調子に乗りすぎるのも考え――」
――おっと!
氷の大玉が俺の頬を掠めやがった!
続いて、足元からも氷の蔦が何本も。
こっちも対抗して煙の槍で圧し潰してやる。
その間にバスタード・マグナムを目の前で回転させて、後ろから来る雑多な魔法に備える。
誰だか知らんが、誰かが叫ぶ。
ざっと30人くらいかね。
これだけの大人数が観客席から……街に行かずに何をしてやがった?
「グレイ・ランサー! 死にたくなければ離れろ!」
だが、そんな呼びかけがグレイ・ランサーは癇に障ったらしい。
「俺に指図するな!!」
こいつはひどい。
連携も何もあったもんじゃあない。
「こいつを倒すのは、この俺だ! お前らは賞金目当てだろうが、俺は違う……」
「いや俺達だって別に賞金目当てじゃないからね!?」
「だったら街を守りに行けばいいだろ! こっちには、手駒がいるんだ。おい、フォルメーテ!!」
観客席から、更に何人かが降りてくる。
よく見りゃあ、ちょいと前に友愛村でブチのめしてやった女共じゃないか。
しかし仲間じゃなくて、手駒だと!
付き合わされた連中も可哀想に!
「さあ、お遊びはここまでだぞ! ダーティ・スー!」
「寂しいことを言うなよ。俺はまだ遊び足りないぜ」
パチンッ。
外壁の近くに、煙の壁を利用した滑り台を作る。
そいつを使って、ロナと紀絵がやってきた。
「紹介しよう。俺のかわいい子猫ちゃん達だ。さあお前さん達、自己紹介を」
一瞬でロナは面倒そうなツラをした。
その隙に紀絵が前に出て、スカートをつまみながら足を交差させて一礼する。
「臥龍寺紀絵と申しますわ。以後、お見知りおきを。もっともその機会があればですけども」
そして紀絵は、お澄まし顔でロナを見る。
だがロナは随分と冷たい。
「あたし? あんたらに名乗る名前なんて無いですけど何か」
そりゃあ紀絵が傾いて覗き込むのも、無理もない。
「え~?」
「うっさい。めんどくさいからツッコむな」
「良いではありませんか、うふふ」
敵の前で、これだけの余裕がある。
それは、ひとえにお前さん達が大して脅威じゃないってことに他ならない。
「さあ、ロナ、紀絵。あの中から一つだけ好きな奴を選んでいいぜ。残りは俺が貰う」
「それじゃあ……あいつにします」
ロナの指さしたのは、眼鏡の女……確かフォルメーテとかいう名前だった筈だ。
紀絵はそれを見て、フォルメーテの隣の女を指さす。
「ではわたくしは、あちらを」
「よし、決まりだ」
「と言っても、別に仕切りを作るわけじゃあないですし、結局は連携取られたらあたしら三人バーサスあいつらって感じになりません?」
「安心してくれよ。火力でゴリ押しするしか能のない連中に、連携なんて高度な真似ができる筈がないだろう」
「まぁ、それもそうですけど、乱戦は変わらな――」
「――舐めるなァ!!」
おっと、グレイ・ランサーのやつは随分と生き急いでやがるぜ。
飛び上がって、地面に向けて大火球を爆発させて、辺り一帯を吹き飛ばすとは。
俺は煙の壁でロナと紀絵を守ったから、どうってことは無いがね。
まったく可愛い抵抗だぜ。
「舐められるような間抜けを晒すのが悪いのさ。嫌なら少しは力持ちらしく、そのでっかい看板をいっちょ前に担いでみろよ」
「あぁ? 相変わらず訳わかんねー事言いやがってよォ、このガイジはよォ……」
「ああ。教えてやらなかったのは俺の手落ちだ。埋め合わせは、しっかりやってやる」
俺は、煙の槍を自分の足元に作って、後ろに飛んで距離を取る。
それから、両腕を広げた。
「さあ、どこからでも」
あとはロナと紀絵に念話で伝えておくのも忘れずに、ね。
『今から転ぶが、手出しは無用だぜ』
そーれスッテンコロリンだ!!
「うお!」
チャンスだぜ、お前さん達!
鼻持ちならないクソ野郎が格好をつけた挙げ句、仰向けに転ぶ……こんな美味しいシチュエーションはそうそうあるもんじゃあない。
奴らが、なだれ込んでくる。
それぞれの武器を手に、俺を地獄に送ろうとしてくる。
剣! 槍! 斧! 槌! 弓! 魔法!
まるでビュッフェレストラン! よりどりみどりだ!
一つずつ、服の下に煙の壁を作ってそれらを弾く。
俺のコートはボロボロだが、誰も俺を流血させられなかった。
だが、奴らは見えない血が見えている!
グレイ・ランサーが槍を構えて低く腰を落とす。
数秒としないうちに駆け出した。
「トドメだ!」
その突進を!
「いっけえええええええええええええええええぇええええええええッ!!!」
――俺は仰向けに蹴飛ばしただけで防ぎきってやった。
「あッ、がッ、うッ」
ズドンズドン!
両脚の付け根にそれぞれ風穴を開けてやった。
グレイ・ランサーは、そりゃあもう派手に転んだ。
俺の迫真の演技なんざ、メじゃないくらいに派手な転び方だ。
奴はてめえの槍から暴発した大火球をモロに浴びて、ボロボロになりやがった。
ざまあないね……。
襟首を掴む。
「テクニシャン気取りが、言うに事欠いて“行け”だとよ。こんな指使いじゃあ起っ勃たないぜ、下手くそめ」
槍を奴の手から引っ剥がし、片手で指先に力を入れてみる。
「次はこいつを半分こにしてやりゃあいいのかね。オーケー、そのオーダーを受けてやろう」
ポキンッ!
「そうら綺麗に整ったぜ」
ぽいっと放り捨ててやれば、グレイ・ランサーの両目は絶望に見開かれた。
周りのギャラリー共もビックリしてやがる。
「善悪とてめえの逆恨みを一緒くたにしちまう愚かさ……実に人間らしいじゃないか。俺は嫌いじゃかったぜ、お前さんのそういうところ。
認めろよ。お前さんがしたかったのは結局、憂さ晴らしでしかないってね」
「ち、違う……」
リロード。
排出した薬莢がグレイ・ランサーの頬を転がり、小さな焼け跡を作った。
6発分のシリンダーに、フルで弾薬を装填する。
「何が違うというのかね。5秒数えてやるから、教えてごらん」
わざと離してやれば、グレイ・ランサーは間抜けな這い方で逃げていく。
俺はバスタード・マグナムの狙いを奴の耳の横に定めながら、追いかけた。
「逃げるなって。そうら、5!」
ズドン!
「4!」
ズドン!
「3!」
ズドン!
「2!」
ズドン!
「1!」
ズドン!
しまいにゃフォルメーテの足元まで近づいたが、残念だったね。
俺が追いついて、足を引っ掴んじまったから、それ以上そっち側には行けないぜ。
……逆さに吊るす。
「はっ、はっ……はっ……ひっ……」
「……0だ。答えられないって事は、何が違うのかてめえでも解っちゃいないって事さ。
居残りで補習が終わったら、次はカエサル先生のところで答弁のお勉強が必要だな、坊や!」
ズドン!
耳を削ってやった。
「ぐああああああ! ――んぐぅ!」
やかましい口を、靴の爪先で塞いでやる。
「どうした。なぜ誰も助けに来ない」
ああ、解っているさ、もちろん。
お前さん達の目は「あれだけボコボコにした筈なのに無傷な奴を、今ここでブチのめせるわけがないじゃないか!」と雄弁に語っている。
そうさ。
俺は無敵だ。
(少なくとも今この瞬間、お前さん達の前では)
「俺様の狼藉を、最後まで見届けようってのかい。悪いがこいつは終わりだぜ。次を寄越せ」
さあ、おいで。
口直しが必要なんだ。
……俺は、グレイ・ランサーを武器代わりに構えた。
奴は逆さ吊りになったまま、うめき声一つ上げていない。




