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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION15: 狂乱の主よ、空より来たれ
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Extend1 僕らのオルタナティヴ・ヒストリー

 そんなに久しぶりってほどでもないマキトくん視点です。


 僕――津川巻人つがわ まきとは今、単身で屋敷にいる。


 ――『ダーティ・スーが気になるなら、情報を提供してあげる。あなたがあの男に興味津々なのは、きっと宿命ですもの。ただし、あなた一人で来ること。取って食うわけじゃないから安心して』


 ピンクブロンドの妖艶な女性――ジルゼガット・ニノ・ゲナハは、喜色満面にそう言った。

 こんな事を言われたからには、もちろん何らかの情報が得られるのだろうなと半信半疑ながらも期待してしまう。

 罠かもしれないと警戒はしつつ、こうして屋敷に招かれたというわけだ。


 ……取って食うわけじゃないなんて言う奴を手放しで信用できるはずがない。


「あなたのお屋敷ですか?」


「そ。別荘は幾つかあるのよ。この世界の貴族としては別に珍しいことじゃないわよ」


「そう、ですか」


「……それじゃあ。まずはじめに、ひとつお伝えしておくわ。あの男――ダーティ・スーは、彼と関わってきた全ての転生者、転移者たちの因果を大きく変えていったことが、この本に記されているの」


 彼女の両手に持たれた本が(更に正確に言うならば本の表紙に埋め込まれた水晶玉が)、白い土壁に映像を投影する。


「その本は?」


 と僕が問えば、ジルゼガットは口元を僅かに釣り上げた。


「あら。気になるの? これはね……対象を一人だけ指定し、その対象が介入したことで因果の変化がどのように起きたかを、そこそこ広範囲で観測できる魔法の歴史書……それがこの“深く狭き瞳の書”なのよ。

 ウッフフフ……あと、水晶玉と連動させてイメージ映像を流せるようにしたの。苦労したわよ」


 なんて胡散臭い代物なんだ……。

 単に、あらかじめ用意した作り物のそれっぽい映像を流せばいいじゃないか。


 映像魔術を記憶読み取りと併用すれば、僕が元いた世界でCG映像を作るよりもずっと精巧なものができるだろう。


「……まあ、ちょっと素材に使った魔導書がそうそう手に入るものじゃなかったから、この一冊しか無いけど。

 死ぬほどつらかったわ。女神を殺して世界を滅ぼすくらいの労力だったもの」


 大げさな。

 ……でも、嘘とも言い切れないのが恐ろしい。

 先程から背中に妙な寒気があるのに、殺気は欠片ほども感じさせない。

 いつでも僕をすり潰す力を持っていながら、敢えてその力を遠巻きに見せるだけに留めているような……。



「さあ、ショータイムの始まりだわ。あなただけを呼んだ理由が、これで解るはずよ」


「僕だけを、呼んだ理由……」


 僕が転生者だって事を、知っているのか?


「つべこべ言わずに。いいから御覧なさい」


 壁に映るのは、これまでの活動の映像だ。

 現実的に記録不可能なアングルからの映像もあり、あながちデタラメのたぐいではなさそうだ。


 縄に繋がれたボンセムの姿と、あの時にいた僕達のパーティが映った。


「――これによると、本来の歴史ではボンセム・マティガンという運び屋は、あなたの手によって共和国の憲兵へと引き渡される筈だった。

 そのあと、異世界から漂流してくる様々な魔道具の秘密取引に協力させられるらしいのだけど、途中で用済みになって殺されちゃうらしいのよね」


「……」


「あなたはその腕を買われて、冬将軍ナターリヤ・ミザロヴァの邸宅への強行査察部隊に加わるのだけど……罠の解除に失敗して、あなたのお仲間の獣人さんが死ぬわ」


「――っ」


 リコナが……!

 映像の中で、リコナはミザロヴァ邸の廊下に仕掛けられた槍に貫かれていた。


 突き上げられてもがき苦しみながら、血を滴らせ……最後には動かなくなった。

 映像の中の僕達は、柵に阻まれそれを見ているしかできなかった。


「面白いわよね。彼が関わったことで、二人も死を免れるなんて」


「お、面白いもんか……」


「フフ。で、今の現実の歴史では、ダーティ・スーの介入でボンセムは助かったし、ミザロヴァ邸の強行査察は実力のあるメンバーが集まらなかったせいで依頼主が断念したから、あなたのお仲間も無事」


「……」


「もっと教えてあげるわね?」


 映像から鮮明さが失われ、場面が早回しになる。


「ダーティ・スーが関わった時期から離れると、映像がこんなふうになるのよ。まるで“そこは興味がない、早く次を見ろ”と本が言っているみたいでしょ?」


「は、はぁ……」


 勝手に代弁される本も大変だよな、などと僕は胸中で毒づきながら。

 次のシーンに移った。


 肩口で切り揃えた蜂蜜のような金髪と、昼の青空のような碧眼を持った美少年。

 傍らには赤い髪をおさげにした少女を連れて、そして後ろにはたくさんの奴隷たちらしき人々だ。


「サイアン、もといジョジアーヌは逃げ延びる上に各地の奴隷を解放して回っていくわ。でもね……」


 映像では、旅路の途中、僕にとっても見覚えのあるあの“祈りの森”にサイアン達が来ていた。

 解放された奴隷同士の争い、移住先を巡っての対立……そしてヒエラルキーの発生や、女子供が嬲り物にされていく現実。

 心折れる出来事が立て続けに起きて、サイアンは頭を抱えながらその場にうずくまり、そして……


「結局は限界がやってきて、自ら封印を解き放って化物になり、せっかく助けた元奴隷の子をみんな眷属にして一大勢力を築き上げちゃうのが、本来の運命だったようね」


 両目から血を流したサイアンの成れの果ては、狐のような顔にヤギのような角、コウモリの羽といった、怪物じみた姿だった。


「ぞっとしない話ですね……」


「その討伐依頼を受けて、エルフとドワーフが死ぬ。そして、あなたのフィアンセが眷属になってしまう」


「……なん、だって」


「イスティ・ノイルといったかしら? あの子を失ってからのあなたは、たいそうな荒れようだったみたいよ。ほら」


「……」


 イスティの持っていたブロードソードに雷をエンチャントしている、己の姿が見えた。


『あの城へは僕だけが行く。あんたは、消えろ』


『眷属が一人増えるだけだろ。引っ込むのはお前のほうだ』


 亜麻色の髪をした転生者が、黄金の雷を纏った鎖を召喚する。

 それを、映像の中の僕はブロードソードで切り払った。


『くっ、なんてパワーだ! あっ。今の最高に解説セリフっぽいな』


『ふざけるな! 失せろ!!』


 あれが、僕だって……?


「見てよ、あのすごい形相。アッハ! 第二次討伐隊に入ってから、他の転生者と喧嘩なんてしちゃうみたいね」


『怪我じゃ済まされないんだぞ!』


『犬の獣人、か……』


『あげねーぞ』


 転生者は、長身の獣人娘を抱き寄せる。


『いらないよ』


 転生者の周りには、他にも仲間がいる。

 ロングソードを双剣で持つ、赤毛の少女。

 金髪のふわりとしたボブカットに緑のローブの少女。

 魔女のような三角帽子を目深に被った、茶色い髪の少女。

 大盾を構える長身に短髪の女性。

 眼鏡をかけた、受付嬢風の服装に革鎧を羽織った女性。


 男女比にして、男1に女6と、典型的なハーレムパーティの構成だ。



「多勢に無勢もいいところだ。映像の中の僕はたった一人じゃないか」


 思わず苦笑が漏れる。


「結局、あなたはこの転生者に負けて気を失っている間に、ジョジアーヌを殺されてしまう。それによって眷属達も人間に戻るようなのだけど……」


「問題が起きたんだね」


「イスティの記憶が消えてしまうの。その結果、イスティはこの転生者の恋人になってしまう」


「……」


「面白いでしょう? 栄えある七人目が、イスティなんて。実に気色悪い、運命のエラーよ」


「冗談じゃない。最悪のシナリオだ」



 焚き火をかこむ転生者と獣人とイスティ、あとその他大勢。

 イスティは転生者の膝に頭を乗せている。


『頼んだぞ、クレフ。失う辛さは私もよく知っている。ご主人は……サメに喰われて死んだ』


『なぁーに! 乙女の純情な心とその子の恋人を、ホモの魔の手から守った俺だよ? ドリィ、お前のことだって守ってみせるよ。それに、この姫騎士さんも!』


「このお調子者な感じは、既視感を覚えるな……」


「まあまあ。もうちょっと続きを見て」


 そんな……。

 まだ続くの……?


『クレフ、私からもお願いします。彼を味方につけるべきかと。私の記憶が戻るかもしれません』


『えぇ~……こんな胡散臭い神官と手を組むのはちょっとなぁ』


『そう思うだろう。だが少年。私はそこのレディの、かつての上司だ。思い出したまえ、イスティ・ノイル』


「――! デュセヴェル……!」


 一度だけ見たことがある。

 イスティの、かつての上司だ。

 祈りの森を麻薬漬けにしようとした疑いのある、食わせ者……。


「あいにく、彼らについてこれ以上は追えなかったわ。とりあえず、実際に辿った歴史のほうでは、彼らは手を組んでいない筈よ。接点がないもの」


 場面はまたしても飛ぶ。



「ソリグナは、どうやら馬車に轢かれて子供ごと死んでしまうみたいね」


「……」


 そんな、あっさりと。

 こうならなくて良かった。


「ツトムは生きていますか?」


「ええ。その後の歴史では、さっきのクレフっていう転生者と、このツトムが大活躍するみたいよ」


「そうなのか」


「主に悪い方向で」


「――」


 思わず両足の力が抜けた。


「なによ? わざとらしく、ずっこけちゃって」


「いや、だって……変わらないなって思いまして」


「見てみる?」


「一応……」



『ちょっと付き合いきれないのです……』


『ちょっ、キャトリー! 待てよ! 考え直さないか? とりあえず、いつもみたいに一夜を共に過ごして仲直りしようぜ?』


「うわぁ……」


 ツトムがキャトリーの肩に手を伸ばす。

 キャトリーはそれを手で払い除け、そのまま去ってしまった。


『さてはお前、他に男ができたな!? ビッチの喜びを知りやがって! 許さんぞ!! 俺は! ネトラレものが! 大嫌いなんだァー!!』


 これはひどい。


「どう? 満足した?」


 ジルゼガットは、僕の目の前に、それこそ視線を遮るようにして覗き込んできた。

 髪からは、ふわりと甘い香りがする。



「でも、ちょっと信じられないな……精巧な映像ではありましたが」


「まあ、そうよね。そこは私も同感だわ。Ifの過去なんて証明のしようがない。世界がループするなら話は別だけどね?」


「じゃあ、どうしてこれを僕に?」


「くだらないガラクタであっても、偶然できたすごいアイテムだもの。誰かに見て欲しいじゃない」


「わからなくもないです」


「でしょう? じゃ、最後にもうひとつ教えてあげる」


 そう言ってジルゼガットは、指をパチンッと鳴らした。

 机の上に一枚の紙が現れ、そこに書かれていたのは。


「勇者闘技大会……?」


 なんでも、このチラシによれば、特別な力を持つ勇者たちが東西南北より集まり、己の優劣を競い合うのだそうだ。


「あなたの世界で流通している物語にも、こういうのはよくあるでしょ?」


「あるにはあるけど……たいてい、主人公だけが勇者で、他は噛ませ犬って展開ばかりですよ」


「まあ、これに限って言えば誰が噛ませ犬かを予測する楽しさがあるわよ」


「……」


 悪趣味だな。


「ダーティ・スーは必ず、この会場に現れるでしょう。邪魔をするつもりなのか、それとも純粋に参加するのかまではわからないけれど……」


「――!」


「そのチラシはあげるわ。私があなたに譲るって内容の署名もセットでね。ほーら、取って食うなんて勿体ない事、しなかったでしょ?」


「……ありがとうございます」


「さぁ、ってらっしゃい。運命の交錯する帝都へ……」


 柔らかく微笑むジルゼガットの姿は、なんだかひどく虚ろでいびつに見えた。




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