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Extend1 悪霊の国

 今回は“旦那さん”視点です。


 “35歳独身の元近衛騎士は記憶喪失の少女と共に旅をする”……なんて、誰かが言いだした。

 吟遊詩人に唄われる叙事詩にでもなりゃあ万々歳だが、きっとそうはならないだろう。


 俺はエンリコ・フォーリッジ。

 かつては近衛騎士をやっていたが、戦後のゴタゴタに嫌気が差して隠居した。



「この島ですよ、旦那さん。わたしが、夢のお告げで見た場所……」


 記憶喪失の少女シグネ。

 白い髪と、紫色に近い青色の瞳が、何とも不思議な雰囲気だ。

 竜に変身できるが、しばらく鱗が取れなくなるから、あまり変身させたくない。

 なんか、どんどん人間じゃなくなっちまう感じがする。

 初めて出会った時は、道で行き倒れていたっけな。

 ……こいつの記憶を取り戻す為に、俺はもう一度、槍を手に取ることにした。


「結構、広いのね。荷物、多めに持ってきて正解だったかも」


 フェニカ・キャスルーン。

 魔法学校に持ち帰る成果が欲しいと、俺達の旅に同行した。

 徹底した現実主義という第一印象に反して、シグネとよく打ち解けてくれている。


「半分以上を俺に持たせといてよく言うよ……小型飛行船の操縦だって、お世辞にも――痛ッ、殴ることないだろ!?」


 バズ・グリフマン。

 フェニカの幼馴染で、彼女を守ろうと躍起になっている。

 微笑ましい青臭さだが、恋心ゆえに愚直に鍛え続けてきただけあって、何でも卒なくこなしてくれる。

 剣も弓も使えるし、補助系の魔法も使える。


 俺達は、小型飛行船に乗ってやってきた。

 シグネに負担を掛けたくなくて、フェニカのツテを頼って取り寄せたものだ。

 ……帰り道でも使うから、壊さないようにしないとな。






 ……さて、そんな俺達一行だったが。

 ここにきて暗雲が立ち込めてきた。


「……あのあの!

 お婆さん、わたし、失った記憶を取り戻す為に、みんなに手伝ってもらってるんです。

 何か直感みたいなものを、感じて。ここなら、手掛かりがあるんじゃないかって」


「そう、かい……悪いことは言わないよ。アンタ達は、今すぐ引き返したほうがいい。

 碌でもない連中が、碌でもないものを掘り返そうとしている。お嬢ちゃんの記憶も……思い出さないほうが幸せかもしえないね」


「どうして、そう言い切れるんですかっ!?」


 シグネは、声が裏返るほどの叫び声を上げる。

 まぁ、無理もないだろう。

 ずっと、記憶を取り戻すために旅をしてきたんだ。

 それを初めてであった人に否定されて、おとなしくしていられない。

 尚も鼻息荒いシグネの両肩に、老婆は両手をそっと置く。


「同じような人を一人だけ、アタシゃ見てきたんだよ……そいつも、よその世界からやってきてね……何食わぬ顔で溶け込んでいたから、初めは解らなかった。

 ひょんなことから、そいつを解析する事になってね……」


 よその、世界……か。

 シグネも、その単語に食い入るように耳を傾けている。

 フェニカとバズも、いつものような漫才をせず、静かにしている。


「全身を通る魔力の書式フォーマットが随分と違っていたから、最初に診た(・・)時ゃ、そりゃあ驚かされたもんだ。

 この世界の何処にも、あんな形の魔力は見当たらなかったからね」


 この世界の何処にもいない……シグネもそうだった。

 たった一度見ただけで全ての魔法をそれなりに使いこなせてしまうなんて、今まで見たことがない。

 しかも、相手と同じ属性の(・・・・・・・・)魔法で与えるダメージのほうが弱点属性でやるよりも強いのだ。



「……ということは、その人もわたしと同じく目からライトをッ!?」


 ズルッ。


「「「そこかーい!!」」」


 ただでさえ崩れかけの長椅子なのに、俺とフェニカとバズは一斉にずっこけた。

 そのせいで、幾つかの長椅子が壊れた。


「……ご、ごめん、婆さん! 椅子壊しちまった!」


「あぁ、別にいいよ、アタシの家じゃあないからね」


 そりゃあそうだろうが、でもなぁ。


「続きをお願いしてもいいかしら?」


 フェニカのやつ、実は興味津々だったようだ。

 そりゃあ、異世界人の魔力の構成なんて、百年や千年に一人くらいの確率でしかお目に掛かれないだろう。


 そして、それを解析する方法は、今の時代には残されていない筈だ。

 だとしたら、この老婆が何者なのかを見極めるためにも、聞いておく必要があるだろう。


「俺も興味がある」


「……その子の魔力は、あいつともまた違うみたいだね。あいつは、どちらかと言えば……さっきの黄色いコートの男に波長が近かった。

 まだそう遠くには行っていない筈だよ。追い掛けたら会えるだろうね」


 またしても、黄色いコートの男!?

 どういう事だ……!?

 シグネが失った記憶と、関係があるのか?


「追い掛けたほうが……いいのかもな」


 俺のつぶやきに、フェニカがまず最初にうなずいた。


「そうね。もっと話を聞いていたかったけど。ありがと、おばあちゃん」


 俺達は、礼拝堂の外に出た。

 先に来ていたって事は、痕跡があってもいい。

 すれ違っていないから、つまりは俺達が来る随分前だったのか。


 ――いや、あの紅茶は湯気が立っていた(・・・・・・・・)

 飲まないのに、わざわざ魔法で保温しておく理由がない。


「バズ、痕跡を辿れるか?」


「任しといて下さいよ! ……駄目だ、丁寧に隠蔽されてる。でも魔力痕はちょっとだけ……」


 バズが探査トラッキングの魔法を行使。

 ダンジョンだと魔力痕が錯綜して解りづらくなるが、屋外では空気が澄んでいるから魔力の分離が早く、比較的簡単に痕跡を辿れる。

 しかもバズの探査魔法はレベルが10を越えていて、隠蔽された微弱な魔力痕も辿れてしまうのだ。


「見えてきました――きっかり三人分、話の通りです!」


 地面に浮かび上がる淡い光に、少しずつ色がついていく。


「――! 赤色……!?」


 おかしい。

 探査の魔法で可視化される魔力痕の色は普通、人間なら青だ。

 かといって、魔物の緑色とも違うし、もちろんシグネの白でもなかった。


 赤。

 それも、血のように赤黒い。

 やはり、この世界の出身じゃない奴であるという事は間違いない。

 こんな禍々しい……。


「思い出さないほうがいいっていうのは、いずれ必ず、奴と関わり合いになるからか……?」


「怖い……けど、わたし一人でも行きます……! いざとなったら、竜になって……」


 足が震えてるじゃねぇか。

 無理すんな。

 俺は、思わずシグネの頭を撫でた。


「大丈夫だ。ちゃんと付いていくよ。お前一人じゃ危なっかしくて見てられん」


「むー。ふあーい……」


 ぶーたれるなよ。

 行かないとは言ってないだろ。

 ……まったく、いつまで経っても子供だな。


 ――あ!


「そのお菓子、持ってきたのか……」


「こんなにおいしいんですよ? 食べないと勿体無いですっ」


「まったく……」


 俺から見えないよう後ろ手に持っている辺り、取られるのが怖かったのか?

 その食い意地は、誰に似たんだか……。




 木々を掻き分けて、道なき道を行く。

 途中で、もはや隠す気が失せたのか、もろに足跡が残っている。


 俺達に気付いて離れた割には、ちっとも姿が確認できない。

 逃げ足の速さは間違いなく一人前って事か……。


「これは……!」


 先行しているバズが驚嘆の声を上げる。


「どうしたのよ? 金塊でも落っこちてた?」


「しっ。気付かれる……!」


 冗談めかしたフェニカに、バズが振り向いて人差し指を口元に立てた。

 一体、この先に何がいるっていうのだろう?

 バズの所まで進む。

 辿り着いて、俺は崖の上からその光景を見た。



「あ、あいつら……!!」


 絶句した。

 切り立った崖の下に広がる平地。

 そこに巨大な飛行船が係留され。

 無数の兵士が作業をしている。


「あの制服……ギブドラステア公国の連中だ……」


「しぶっといわねぇ。国ごと地盤沈下でオシャカになったと思ってた」


「他国に派遣していた駐留部隊を掻き集めたり、略奪した財源とヘソクリかなにかでどうにかしたんだろ。奴らはそうする」


 何せ、しゃべる魔物達をして「あいつら魔物よりタチ悪い」と言わしめた悪徳国家の軍隊だ。

 まともな奴はとうに亡命しているか、それとも処刑されているか。


 首都の地下に隠し持っていた巨大晶石爆弾に引火し、それによって首都の中心部は一瞬で大爆発。

 数万人もの犠牲を払って、かのギブドラステア公国は滅んだ。


 ……筈だった。


 そんな奴らが、今度はこんな場所に来ている。


 一体、ここに何を探しに来たんだ、あいつらは……?

 これ以上、何を仕出かすつもりなんだ……?



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