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ダーティ・スー ~物語(せかい)を股にかける敵役~  作者: 冬塚おんぜ
MISSION11: ソドムとゴモラを呼んでこい
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Intro 異物はいつも突然に

 お待たせいたしました。

 これよりMISSION11です。

 少々見切り発車気味な気はしないでもないのですが、このままダラダラとストックを貯めようとしても進まないと思うので、勇気を出して前に進みたいと思います。



 朝の冒険者ギルドは、基本的に多忙だ。

 その日の稼ぎを得るために、依頼書目掛けて冒険者達がごった返す。

 今日も、ギルドの受付嬢達は右に左にと大忙しだった。


 いつも変わらぬ毎日。

 大して変わらぬ顔ぶれ。


 そして荒事の多い冒険者稼業であれば、諍いもままある。



「――いや、依頼書を先に取ったのは俺だよ!?」


「うるせぇ、小僧! 新顔が粋がりやがって! 実力で言えば、このオレが請けるべき依頼だろうが!」


 栗色の髪をした15歳程度の少年。

 その傍らでは、年の近い黒髪の少女が息を呑んで成り行きを見つめている。

 対するのは、スキンヘッドで筋骨隆々とした巨漢だ。


 周囲は苦笑いするだけだった。

 この程度は日常茶飯事であり、一人のベテラン受付嬢が一言注意すればすぐに収まるのだ。

 もう少しすれば、あの巨漢が惚れ込んでいるベテラン受付嬢が釘を差してくれる。


 ――だが、今日だけは違った。


「ていうかテメーら、近頃まとめてやってきたガキ共だろう! おとなしく、貴族の屋敷で茶でも啜ってろ!」


「やだね! ……極光電雷縛熱鎖(プリズム・チェーン)!」


 なんと、黄金色に光り輝く鎖が、巨漢を締め上げたではないか。


「なっ――!? あ、あばばばばば! 痺れ、肌が、焼け、あァー!」


「上半身裸だからだろ!」


 周囲の冒険者達は目を剥き、我が目を疑った。

 年端も行かない少年が、見たこともない魔法を使ったのだ。


「すわ遺失魔法か!?」

「教会で見かけた、あの異邦人の集団の一人だな! もしや神童の集まりなのか!」

「彼こそが、選ばれし勇者か!」


 騒ぎを聞きつけたベテラン受付嬢も作業を切り上げて現場に駆け寄り、言葉を失う。

 彼女は勤勉であり、この共和国の歴史についてもよく知っている。

 そんな彼女の知識をもってしても、眼前に広がる光景を理解できなかった。


「ちょっと! な、何やってるの!?」


「ああ、ごめんなさい、受付嬢さん、すぐ終わらせ――」


「――フォルメーテ! 助けてくれェ!」


 少年の言葉を遮った巨漢の渾身の叫びに、ベテラン受付嬢フォルメーテは胡乱げな表情をする。

 状況を鑑みるに、おおかたこの巨漢が少年に因縁を付けたのだろう。

 そう、いつものように。

 フォルメーテは情けない巨漢の懇願に、却って冷静さを取り戻せた。


 未知の力を持っているとして、それが正しい使い方をされれば問題は無い。

 それに、少年は隣に美少女を連れているものの、なかなかに好みの顔立ちだ。

 これを機に常連になってもらい、荒事の絶えぬギルドの雰囲気を改善してもらうというのも手ではなかろうか。

 などと、勝手に皮算用をしていた。



 ここまでは、少年も少女も予想していた。

 だが、その次に現れた闖入者は……。




「――ごきげんよう、俺だ」


 大扉を蹴破って現れた、黄色い外套を羽織った男。



 彼の右手には、銀色に光る何かが握られていた。

 銀色の何かは、この世界に住まう者達ならば一切の理解を示さないであろう、絶対的な異物だ。


 或いは栗色の髪をした少年ならば、彼の手に握られていた物の正体が“拳銃”だと理解できただろう。

 ただし、それは気を失ってさえいなければの話である。


 何故なら黄衣の男は、鎖を銃で撃ち巨漢を解放しただけでなく、巨漢その本人(・・・・・・)を掴んで鈍器代わりに振り回し、少年の頭を強打したのだ。

 現実離れした行為、そしてその速さ。


 誰もが一度は呆然とし、そして男の服装……“黄衣”の意味するところを知って恐怖に打ち震えた。



「おい、あれって!」

「ら、落日の悪夢!?」

「魔物の集落を丸ごと制圧、挙句“友愛村”などと称して、ゴブリン共を意のままに従えているっていう……」

「ヒエェ、マジかよ!? どうしてこんな所に!」

「聞いた話じゃ、帝国騎士団の精鋭部隊を皆殺しにしたとか……! 別名、ダハンリサン……!」

「逃げろ! さんざん弄ばれて骨までしゃぶられるぞォ!」


 各々、青ざめた顔で口走り、そして蜘蛛の子を散らすように逃げていった。

 誰も勇敢に立ち向かおうと言う者はいなかった。

 それほどまでに“落日の悪夢”にまつわる噂は、絶対的な恐怖だった。


「え……」


 唖然と立ち尽くす少女と、受付嬢、ギルドの職員。

 否、絶望的な予測しか出てこないが為に、諦観の内に足を止めてしまっただけだ。


 この男は、神童の魔法を破っただけでなく、躊躇なく神童を殴り飛ばした。

 それも巨漢の重量を物ともせず、あまつさえ人体そのものを武器として使う悪魔的発想!

 まさしく、それは落日の悪夢。

 黄金の獣、ダハンリサンの所業にほかならない。


 逃げ遅れた今、悪魔の標的にされぬよう祈るしかない。

 受付嬢達の中には失禁している者までいた。


 ギルド長が、おずおずとカウンターの奥から這い出る。

 まるでそれは、悠然と立っている黄衣の機嫌を損ねたくないようにも取れる。


「お、お望みは、一体……」


「あ?」


 振り向く黄衣の男。

 彼は、巨漢を床に寝かせてその傍らに屈み込み、何かを品定めしているようにも見えた。

 どうやらそれを邪魔されて、あまり機嫌が良くないらしい。

 右目を見開き左目を半眼にした表情が、それを物語っていた。


「ひいッ!? あ、あの、その、き、金品なら差し上げます、どうかうちの者に危害を加えないで頂きたく……」


「スカウトをしに来ただけさ。俺が強盗だって言いたいのかい」


「いや、その、そういうつもりでは、その……」


 言い淀むギルド長。

 黄衣の男は巨漢の首を握りながら立ち上がる。

 決して細くはない首に指がめり込み、巨漢は苦しげにジタバタと動いた。


「おい。はっきりしろよ。思ったんだろ。そういうふうに取られても仕方ないよな。あからさまに、そういう態度だったよな」


「あああははああハハァ、お許しをぉおお!」


 まくし立てる黄衣の、あまりの剣幕にギルド長は半狂乱になりながら五体投地の礼をする。

 既にギルド長の顔は汗と涙と鼻水でずぶ濡れになっており、周囲の目から見ても憐憫を誘う様相だった。

 黄衣の男はその醜態に気を良くしたのか、歪に微笑む。


「いいぜ。許してやる。この街は襲わないでやるよ」


「おお、ありがとうございます!」


 顔を上げたギルド長には見向きもせず、黄衣の男は巨漢をひょいと抱えた。

 まるで酔い潰れた女をソファにでも運ぶような、軽々とした動作だった。


「用事があったのは、こいつだよ。ほら、働いてもらうぜ」


「うぐ……ぐえ、オレをどうするつもりだ……!」


「割のいい仕事だよ。友愛村の新しい用心棒さ。そして、あの坊やに一矢報いるチャンスでもある。ほら、来やがれ。」


「ちょ、ま! 流石に、オレでも、分別くらいはあるし、仕事は選び――た、助けてくれぇええええッ!!」



 引き摺られて行く巨漢を見送ったギルド職員達は、しばらくして我に返り、少年達に駆け寄るのだった。

 少女が甲斐甲斐しく介抱しているところに、声が掛かる。


「だ、大丈夫ですか!? あなた達!?」

「いいかい! あれには関わってはならないよ! 女も男も、構わず犯して弄ぶ奴だからね!」

「そうそう、仕返しなんて馬鹿な事は考えず、その依頼書は、共和国の議会騎士団にお願いしましょうよ!」


 黄衣の男、ダーティ・スーは紛れも無い“悪魔”であり、災厄そのものだ。

 彼女らにとって、それが真実か虚構かなど些細な問題なのだ。

 せめて、少年達が興味本位で首を突っ込むような事だけは避けて欲しいというのがギルド受付嬢達の本音である。


「ぷはっ、酷い目に遭った……話はおぼろげながら聞いたぞ! あの男が噂通りの奴なら、今度こそぶっ飛ばしてやる!」


 驚異的な速度で気絶から回復した少年は、立ち上がって宣言した。

 ギルド職員達の切なる祈りも虚しく、少年はダーティ・スーに挑むと言い放ってしまった。

 ベテラン受付嬢フォルメーテは顔に手を当て、天を仰ぐ。


「それに“友愛村”には、用がある。そうだよね、九呂苗くろえちゃん」


「はい! ……待っていて、一真君……絶対に、助けに行く」


 俯いた少女――九呂苗の放った静かな決意を、ギルド職員達は耳聡く聞きつけた。

 そして殆どの者が、内容を一瞬で理解した。

 つまるところ、九呂苗は“友愛村”に向かったのであろう一真を助けに行きたい。

 そして栗色の髪の神童は、その手伝いをするために、ある依頼書を手に取ったのだ。


 ――この子なら、或いは。


「行きましょう、クレフさん!」


「さ、“さん”はいらないよ……照れくさいじゃん」


 準備さえ万全であればもしかしたら黄衣の男を退け、悲恋を防げるのかもしれない。

 職員達は話し合い、フォルメーテの指示の下、全面的な支援を行なった。

 装備や消耗品からパーティメンバーの斡旋まで、その全てを。


 このクレフと呼ばれた神童ならば、誰も打ち破れなかったダーティ・スーを倒し、勇者になれるかもしれない。

 という、一縷の望みを託して。




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