第16話 ラストエンペラー上編「復讐の記憶と、堕ちた者たち」
黒王の玉座、不夜城の最奥。
静謐なる闇が広がる空間に、禍々しくも荘厳な王座が鎮座していた。
楊貴妃は戦闘モードの魔族大蛇へと変身した。
「久しぶりね、アイゼンハワード」
声は艶やかでありながら、冷たく、鋼のような怒りをはらんでいた。
そこに立っていたのは、かつてアイゼンハワードの隣に寄り添っていた女。
楊貴妃。
その肌は死人のように白く、だがその瞳はなお生者の情熱を湛えていた。
胡蝶のように舞う彼女の双爪《艶舞爪・胡蝶双爪》が、夜の空気を妖しく裂く。
「お前……生きていたのか……」
アイゼンハワードの声が揺れる。
「いいえ、“生かされた”の。あなたに捨てられて……そして、愛新覚羅様が私を蘇らせたの」
その名を聞くや否や、天井に響く低音の笑い声が落ちた。
王座の背後、光すら歪む黒き気流の中から、ラストエンペラー・愛新覚羅が現れる。
「フフ……ようやく再会だな、アイゼンハワード。我を封印してくれた借り、たっぷり返させてもらうぞ」
帝王の気迫は重力のように空間を押し潰す。
彼の周囲には、無数の瘴気の粒子が漂っていた。
そのひとつひとつが人をゾンビ化させる感染ウイルスだった。
「全員、構えろッ!!」
ダイマオウが咆哮し、地を踏み砕くように前へ出た。
トンスジェンダーは即座に筋肉の魔法陣を展開し、味方全員の防御と再生力を強化。
「私の出番ですね♡」
アイリスオオオヤマが巨大な多関節砲を肩に担ぎ、支援型超電磁兵器《イシュタルMk.X》を展開する。
「“統治コード:アクティブ”」
アイリスの瞳が金色に輝いた瞬間、精神支配の波動が放たれる。
が、楊貴妃はその目を細めて微笑んだ。
「甘いわよ、科学者さん」
彼女の傀儡糸《紅の綾》が光となって放たれ、トンスジェンダーの神経を一時的に断ち切る。
「う……ッ!? 手が……動かないッ!!」
その隙を突き、楊貴妃はアイゼンハワードに肉薄した。
「どうして私を捨てたの……!?」
「お前を捨てたわけじゃない。あのときは……」
「黙れッ!!」
叫びとともに、胡蝶双爪が閃き、アイゼンハワードの胸元を裂く。
傷口から流れる血を彼女がそっと舌で舐めとる。
「ふふ……やっぱり、甘い味。私が愛した男の味……」
その瞬間、彼女の身体が光を帯びて再生し始める。
《気の吸収》だ。
荘厳かつ陰鬱な「黒王の玉座の間」。闇に沈む石柱と金の燭台がずらりと並び、冷たい空気が重々しく漂っていた。空間の中心には六つの巨大な棺桶が鎮座しており、ひときわ異質な禍々しさを放っていた。
「まさか……兵馬俑を再稼働させていたのか」
アイリスオオオヤマが解析スキャンをかけながら呟いた。
棺桶の表面に刻まれた古代の封印符が、紫色の光を放っては崩壊していく。ひとつ、またひとつと──
ギギィ……ギィィィィィ……!
不気味な音と共に蓋が開いた瞬間、甲冑を纏った土色の兵士たち=兵馬俑が、無表情のまま立ち上がる。
彼らの動きは不自然でぎこちなく、だが致命的に速かった。
手にした矛と剣はすでに魔力で補強され、ただの土人形ではないことが一目で分かる。
「復讐は、静かに始まるのがお似合いよね、アイゼンハワード」
艶やかな声音と共に、空中から舞い降りたのは楊貴妃。
かつて、主人公と短い恋に落ち、捨てられたことで地獄に堕ちた女。
「復讐だと……!」
アイゼンの目が鋭くなる。
彼女の爪先には《艶舞爪:胡蝶双爪》が妖しく光り、手首から伸びた《傀儡糸:紅の綾》が宙を舞っていた。
目を見た者はそのまま吸い込まれそうな、絶世の魅了の魔眼が、パーティ全員を一瞬にして包み込む。
「ふふっ、懐かしいわね。その目……あのときと変わらない」
「お前……俺を、恨んでいるのか」
「ええ、とっても。裏切りは、女の記憶に永遠に残るの」
楊貴妃が舞う。胡蝶のように美しく、だが一閃ごとにアイリスオオオヤマの補助ドローンが切断され、トンスジェンダーの筋肉が一瞬硬直する。
「くっ……五感が……奪われる……!」
アイリスが膝をつき、身体の感覚を失っていく。
トンスジェンダーも防御の構えが緩み、紅の綾が背中に絡みついて動きを封じる。
「まだだ。俺は……こんなものでは、止まれない……!」
アイゼンが前に出ようとしたその時、最後の棺が開いた。
「それ以上は、許さん。『我が玉座』は……愚かな貴様のものではない」
響く重低音。
空間の中心から立ち上がったのは、ラストエンペラー・愛新覚羅。帝王の衣を身に纏い、頭上に黒き王冠《死の支配冠》を戴く男。
「アイゼンハワード……貴様に封印された日から、私は一瞬たりとも忘れなかった。屈辱と、復讐の味をな……!」
周囲の兵馬俑たちが一斉に帝王に跪く。
その瞬間、彼らの体が真紅に染まり、魔力の核が一つに束ねられていく。
「“完全支配”《かんぜんしはい》開始」(意志の弱い者は即服従)
アイゼンたちの精神に直接干渉する異様な波動が襲う。
意志の弱い者から順に、瞳が濁り、立ち尽くす。
「クッ……このままじゃ……全員、飲み込まれるぞ!」
「黙って見てると思ったかァァア!!」
そこに割って入るのは、ダイマオウの拳だった。
地を砕き、棺桶を踏み潰しながら兵馬俑を何体も殴り砕く。
「オレは殴ってでも、てめぇらの復讐なんざブチ壊すッ!」
帝王と貴妃、そして無数の蘇りし兵馬俑。
対するは、アイゼンハワード達。
復讐の記憶が交錯する中で、静かに戦いの幕が上がる。




