【最終話】 怒りの巨人と黒き炎
ミヤザキの油津の夜、重たく湿った空気に、静かに火薬の匂いが漂っていた。
白牙リアルエステートの調印式はすでに中止となっていたが、
それに反発する天道組が力による制圧を選んだのだ。
「潰せぇぇぇぇ!! 町ごと焼き払えぇぇ!!」
怒号と共に、刃物と銃を手にした黒服たちが、町の商店街に一斉蜂起。
白牙リアルエステートと天道組が結託し、町を制圧すべく“暴力による破壊”を宣言したのだ。
そして
突如として、商店街の静寂が破られる。
「ぶっ壊せぇぇぇ!!!」
「ミサイルいけぇぇ!!!」
「グレネード! 前進! 撃てぇぇええ!!」
町に突入してきたのは、重火器を装備した天道組の突撃部隊。
手には拳銃、ショットガン、マシンガン、爆弾ベルト、そしてなんと手製の装甲車まで!
「ぎゃああああああああ!!!」
住人たちの悲鳴と、ガラスの割れる音が夜の町を支配する。
だがその時、
理髪店の屋根から、漆黒のマントをなびかせた男が降り立った。
「貴様ら、地上の掟すら破り、暴力でこの町を穢すか。
ならば魔界の掟を持って、貴様らを裁く!」
アイゼンハワードがゆっくりと右手を掲げた。
「我が名は、アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。
魔界貴族にして、元ゼロの司令官。470年の誇り、今ここに示そう」
地面が赤く光る。
「やめてええええええええっ!!」
なつこが、血まみれになって飛び出してきた。
「どうして来た!」
「お前はもう避難したはず……!」
しかし、なつこの瞳には涙、そして、覚悟が宿っていた。
「ごめんなさい……私……
ずっと天道組に、あなたのことを報告していたの……」
「なんだと?」
「私、裏切り者だったの……。
でも、あなたと過ごした時間が、あまりに……暖かくて……」
天道組の若頭・長谷川が、後方から彼女を狙う。
「裏切ったな、なつこォォ!」
バンッ!
銃声が響く。
なつこの身体が、崩れるようにアルの胸に倒れ込む。
「……なつこ……戻ってこい、まだやり直せる!」
「……もう、戻れないわ。私はこの町を売った女。
……魔法の鈴の音に、耳をふさいだ裏切り者なのよ……」
「なつこ――」
微笑みながら彼女は、そっと手を伸ばす。
「最後に……もう一度だけ……髭、剃ってあげたかったな……アルおじさん……」
その手が、力なく落ちる。
「白牙リアルエステートの黒幕……貴様ら、地上に逃れてきた魔界の犯罪者か……。地上の欲望と手を組んだ亡者ども、貴族の名に懸けて……全員、地に還す」
アイゼンハワードは、両手を掲げ、低く、荘厳な詠唱を口にする。
「目覚めよ、古き獣よ……闇よ、我が肉体を喰らい尽くせ。」
「王の血よ、魔獣の骨よ!真の姿へと具現せよ……」
「《魔獣 ライカントロス》ッ!!」
ズギャァァァァン!!!
漆黒の稲妻が天を裂き、雷鳴がアイゼンハワードの肉体を直撃する。
その姿が変貌していく。
優雅な衣を破り、皮膚が裂け、骨が変形し、毛皮が盛り上がり、全身が獣そのものへと再構成される。
咆哮が響いた瞬間
地獄の門が開いた。
黒き魔獣ライカントロス。
全長三メートルを超す、その威容。
雷鳴を宿す牙、鋼鉄すら砕く漆黒の爪。
闇と雷をまとい、魔王をも殺せると言われた“神殺しの魔獣”が、ついに現界した。
「《ベヒモス・コード 第十式──タイタロス顕現》!!!」
全長30メートルの黒き巨人が出現
蒸気機関のような肩からは魔力の噴煙が上がり、眼孔には深淵の焔が燃える。
天道組の兵隊は慌ててマシンガンを構え、
ロケットランチャー、地雷、自爆ドローンまでも繰り出した!
「行けぇぇ! あいつを消せぇぇぇ!!」
「爆薬10kgぶち込めェ!!」
だが、すべては無意味だった。
タイタロスの一歩で数十人が地響きとともに消し飛ぶ。
拳の一振りで装甲車が潰され、
足元から伸びた鎖状の魔力で一団がまとめて空へ叩き落される。
大地が裂け、燃え上がる地獄の穴から現れた漆黒の巨人。
炎の腕と雷の脚を持つ“怒れる魔獣”は、一瞬でヤクザたちを薙ぎ払っていく。
マシンガンの雨? ミサイルの嵐?装甲車の突撃?
すべてが、タイタロスの前には無力。
大地が裂け、燃え上がる地獄の穴から現れた漆黒の巨人。
炎の腕と雷の脚を持つ“怒れる魔獣”は、一瞬でヤクザたちを薙ぎ払っていく。
爆発、叫び、蹂躙。
天道組が誇った武装部隊は、巨人の一撃で粉砕されていく
タイタロスが天道組本隊へ突撃。
爆裂、踏み潰し、雷鳴、砲撃地獄絵図のごとき光景。
白牙リアルエステートの本社は燃え落ち、
天道組の幹部たちは一人残らず、すべてが灰となり地に伏した。
タイタロスが姿を消すと同時に、夜の空気は元に戻った。
リゾート計画は白紙に。天道組は壊滅、町は救われた。
だが、魔法の鈴の音は、もう、鳴ることはなかった。
翌朝。
「理髪 なつこ」の店は閉じられ、静かに看板が下ろされていた。
なつこの遺体は、商店街の仲間たちによって弔われ、
「彼女も、町を守ろうとした一人だった」と静かに語り継がれることとなる。
出発の朝。
アイゼンハワードは、破れた契約書の切れ端と一緒に
“魔法の鈴”をそっと懐へしまった。
「……ミヤザキの風は、やさしくも、残酷だな……
だが確かに、この魔法の鈴の音が……誰かの心を、揺らしたのさ」
風が吹き抜けた。
その音は、どこか鈴の音にも似ていた。
そして
魔界のおっさんの旅人は、次なる町へと歩き出す。
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ4 ~ミヤザキの風と理髪店の鈴~』
ー完ー




