【最終話】 再生の町、旅立ちの教室
スフェラ村に、またひとつ季節が巡っていた。
草の匂い、雨あがりの石畳、魔力の浮かぶ空気。
今では村の広場も整備され、かつての“焼け跡”だった場所には、
再建された「テルマの家」が立っている。
その教室の中
今日は、リーディオ・ゼロ最後の授業だった。
白いローブの裾を揺らしながら、老いたゼロは黒板の前に立つ。教室には、年老いた弟子たちと、その子どもや孫たちも混ざっていた。小さな椅子に座る若者たちの目は、きらきらと輝いている。
「今日で、私の教えは終わりだ。
……でも、魔法は終わらない。
お前たちが使う限り、世界はつながっていく。
知識は、破壊も再生も運ぶが、最後に残るのは、心だ」
ゼロは、かつて自らが焼き捨てた“初級魔導の書”を掲げた。サーテンリが残し、自らが修復した“魔法の礎”。
「これは“赦し”の象徴じゃない。
これは、“向き合い続けた記憶”だ。
お前たちも、何かを壊すことがあるかもしれない。
でもそのときは、どうか逃げずに、直してみろ。時間がかかっても、いい」
誰かが鼻をすする音が聞こえた。
ゼロは微笑み、教室の窓をゆっくり開けた。
夕方の風が入り、チョークの匂いを運んでくる。
「これで、わたしの授業は終わりだ。
旅立て。
お前たちの未来を、“作る”ために」
拍手が起こり、涙と笑顔が混ざった。
その夜、リーディオ・ゼロは静かに眠りについた。
長い罪の旅路を終え、
破壊から再生への道を歩ききって
数日後:丘の上の墓地
丘の一角、古い大樹の根元に、ひとつの墓が建てられていた。
【ここに眠る リーディオ・ゼロ】
壊した者 そして、教え導いた者
墓前に立つのは、黒いマントを肩にかけた中年男いや、今では彼も、白髪の混じるおっさんだった。
アイゼンハワード・ヴァル・デ・シュトラウス。
彼は煙草に火をつけることもせず、ただ無言で、風に揺れる草の音を聞いていた。
「……教室、見てきたぞ」
ぽつりと、低く語りかける。
「お前の弟子ども、立派になってた。
魔力のない子どもも、耳の聞こえない子も、全部お前が拾って、教えてきたんだな」
風が吹き、花が揺れた。
アイゼンハワードは膝をつき、墓に手を置いた。
「お前は……英雄なんかじゃねぇ、って、ずっと言ってたよな。
けどな
お前は“隠れた英雄”だったぜ、リーディオ ゼロ」
沈黙。
やがて、ポケットから取り出した煙草にようやく火をつけ、
空へ向かって煙をひと筋、吹き上げた。
「……またな、相棒」
それだけ言って、彼はゆっくりと立ち上がった。
空は晴れ、スフェラ村の上空には、かつてないほど穏やかな魔力の風が吹いていた。
『アイゼンハワードの魔族のおっさんはつらいよ』
―完―




