第10話 白と黒の賢者の終焉 サーテンリ、最期の謁見
広間は、まるで魂を拒むように冷え切っていた。
光はなく、声もなく、ただ“気配”だけが響く空間。
中央に立つのは、漆黒の軍服を纏い、片手に赤黒い印章の浮かぶ男―
リーディオ・ゼロ。
地上と魔界の秩序を壊しつつある、ゼロ部隊の総指揮官。
その男の前に、ひとりの老魔術師が足を踏み入れる。
サーテンリ。白と黒の賢者。
今や地上で“最後の理性”と称される者。
「……ゼロこと、リーディオ。やはり、あなたがすべての現況でしたか」
リーディオがくるりと振り返る。
その目に浮かぶのは、懐かしさと、残酷な冷笑。
「おばあ様。ずいぶん会わないうちに、老けましたね」
サーテンリは震える杖を静かに握り締める。
その声に怒気も悲しみもなかった。ただ、問う。
「この世界を平和に導いた“ゼロの能力者”……それを継いだあなたが、なぜ混乱と破壊を選んだのですか?」
リーディオの笑みが歪んだ。
「哀しいな、おばあ様。小さい頃は、あんなに優しかったのに」
「……答えなさい、リーディオ!!」
その叫びに、リーディオの顔から笑みが消える。
「うるせぇなぁ、ババア……」
次の瞬間、地面がひび割れ、空間が波打つ。
リーディオの背後に現れたのは、幾何学的な黒い魔方陣
「俺はこの“ゼロ”の力を、世界の浄化に使うんだよ」
「善も悪も、曖昧な“中間”も、全部“0”に戻す。この力でな」
サーテンリの目が細められる。
そこに映るのは、かつて彼女が愛し、育てた小さな少年の面影。
「……ひいおじい様のリスクがその言葉を聞いたら、きっと嘆き悲しむわ」
「知らねぇよ! ひいじじいのことなんか……!」
リーディオが叫ぶ。黒い魔力が周囲をひしゃげさせる。
「で、おばあ様。あんたは……俺を“止めに”来たのか?」
サーテンリは、杖を床に突く。
その瞬間、空間に白と黒の魔法陣が浮かび上がる
「暴走してしまった孫を止めることが……私に残された、せめてもの償いです」
リーディオの笑いが静まり返る。
「――やれるもんなら、やってみろよ……!」
「“ゼロ”を超越した俺の力、見せてやるよ、ババア!!」
その言葉と同時に、リーディオの手が振り下ろされる。
【零式崩滅術式】
世界の“根”すら飲み込む黒の魔術。
次の瞬間
サーテンリの魔法陣が音を立てて崩壊した。
「なっ――!?」
白と黒の魔法が、まるで水面に落ちた墨のように消えていく。
「おばあ様。あんたらの英雄どもの時代は、当の昔に終わったんだよ」
黒い光が、サーテンリの胸を貫いた。
声も出さず、彼女はその場に崩れ落ちる。
手のひらから杖が転がり、
その目に映ったのは、どこかで見た“幼いリーディオ”の幻。
「リーディオ……あのときの、夢は……父さん母さんごめんなさい」
声は途切れ、空間に雪のように溶けていった。
そして、賢者サーテンリの姿は消えた。
この世に、もう二度と戻らなかった。




