第4話 屈する店、屈しない人
—スナックは、避難所になる—
最初に屈したのは、酒屋だった。
「仕方ねぇだろ……家族もいるし」
そう言って、
茶封筒をカウンターの下に隠した。
次は、パチンコ屋。
次は、スナックがもう一軒。
商店街に、
“見えない看板”が立ち始める。
――ここは、払った店。
――ここは、まだ。
噂は、さらに形を持った。
そんな夜。
なぜか、
壊れかけのスナック「たかみや」に
人が集まり始めた。
開店時間でもない。
酒も、ろくに出ない。
なのに。
「ちょっと、座っていいかい」
「ここなら……話してもいい?」
最初はミツ婆。
次は商店街の奥さん。
次は、仕事を早上がりした若者。
椅子が足りない。
カウンターは歪んだまま。
それでも、
誰も帰ろうとしなかった。
「はぁ……」
誰かが、深く息を吐いた。
「怖いって言うのも、疲れるね」
「うちの店、今日から九時閉めだよ」
「子どもに、外出るなって言った」
言葉は、酒より先に出た。
愚痴。
涙。
怒り。
そして、なぜか
「あ〜あ〜♪果てしない~」
音痴なカラオケが始まった。
壊れかけの機械が、
変な音程で唸る。
笑いが、漏れた。
「下手すぎ!」
「やめろ、余計怖ぇ!」
一瞬だけ、
町が元に戻ったみたいだった。
その隅で、
さっちゃんは白衣のまま立っていた。
酒は飲まない。
でも、誰の話も遮らない。
一通り、声が落ち着いた頃。
さっちゃんが言った。
「ここはね」
全員が、彼女を見る。
「治療室じゃなくて――
回復室」
鷹宮が、目を瞬いた。
「病気を治す場所じゃない。
壊れかけた気持ちを、
“元に戻す”場所」
さっちゃんは、
歪んだカウンターに手を置いた。
「暴力に勝つ方法はね、
殴らないことだけじゃない」
「居場所を、消させないこと」
静かだった。
誰かが、うなずいた。
そのとき。
鷹宮が、咳払いをした。
「……俺が市長だった頃な」
全員が振り向く。
「町に一番効くのは、
警察でも、拳でもなかった」
彼は、少し恥ずかしそうに言う。
「記録と顔出しだ」
「誰が、いつ、どこで、何をされたか。
それを“町の言葉”で残す」
さっちゃんが、目を細めた。
「それって」
「行政のやり方だ」
鷹宮は、苦く笑った。
「今度は、市長じゃなく、
町の一人として使う」
その夜から。
スナック「たかみや」は、
酒を飲む店じゃなくなった。
話す店。
集まる店。
帰る前に、呼吸を整える店。
マフィアは、まだ何もしていない。
でも
「屈しない場所」が、
ひとつ、はっきり形になった。




