第2話 みかじめ料は、保険じゃない
スナック「たかみや」に、再び黒服が現れたのは閉店間際だった。
ドアが開く音が、やけに重い。
「こんばんは。話し合いの続き、いいですか?」
先頭の男は、昨日と同じ穏やかな笑顔。
だが、その後ろに立つ二人は無言で、腕まくりをしている。
鷹宮はカウンターの中で背筋を伸ばした。
元市長としての癖なのか、こういう時ほど姿勢だけは正しくなる。
「昨日も言ったろ。
ここは、ただのスナックだ。金は払わん」
男は少し首をかしげる。
「残念だなぁ。
じゃあ“保険”の説明、ちゃんとしておきますね」
次の瞬間だった。
ガシャン。
グラスが床に叩きつけられ、派手に砕け散る。
続いて、カウンターが蹴り倒され、椅子が宙を舞う。
「ちょ、ちょっと待て! 話し合いじゃ…!」
返事はない。
鷹宮は一発、二発、三発。
市長時代に鍛えた腹では、防げなかった。
壁に叩きつけられた拍子に、
カラオケ機が悲鳴のような電子音をあげ、
火花を散らして沈黙した。
「これが“保険”です」
男は床に転がる鷹宮を見下ろす。
「払えば、こういうことは起きない。
払わなきゃ…町全体が、こうなる」
黒服たちは何事もなかったように店を出ていった。
残されたのは、
割れたグラス、傾いた看板、
そして床にうずくまる元市長ひとり。
鷹宮は薄く笑った。
「……人生、二度目だな。
こんなに分かりやすく殴られるのは」
翌日。
町の小さな診療所。
古い木のベッドに、鷹宮は大の字で寝かされていた。
「動かないで。
元市長でも、骨は平等に折れるんだから」
白衣の女性が、手際よく消毒をする。
元教師、さっちゃん先生。
今は町で唯一の診療所を切り盛りしている。
「……すまんな。
俺の店で、面倒なことに巻き込んじまって」
さっちゃんは手を止めずに言った。
「面倒なのは、
暴力が“当たり前”になることよ」
包帯を巻く手は優しい。
だが、声は静かで、芯があった。
「暴力はね、
殴られた人だけじゃなくて
見ている人、知ってる人、
町全体を発熱させるの」
鷹宮は天井を見つめたまま、ぽつりと漏らす。
「……俺が市長だった頃、
こんな連中を野放しにしてたのか」
「ええ」
即答だった。
「でもね、今は市長じゃないでしょ」
さっちゃんは包帯を留め、鷹宮の顔を正面から見る。
「だから今度は、
“町の人”として止めるのよ」
沈黙。
外では、子どもたちの笑い声が聞こえる。
何も知らない、いつもの町の音。
鷹宮はゆっくりと息を吐いた。
「……俺に、何ができる?」
さっちゃんは微笑んだ。
「まずは、生き延びること。
それから一緒に考えましょう」




