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【ランキング12位達成】 累計62万7千PV 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

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第1話 元市長、スナックを始める

そのスナックには、看板がない。


正確には作ったが、字が下手すぎて外した。


店の名前は

「すなっく たかみや」

ひらがな表記。元市長の最後の良心である。


町外れ、元は倉庫だった建物。

ネオンは一文字だけ点灯しない。


カウンターの向こうで、

鷹宮元市長は黙々と氷を砕いていた。


カン。

カン。

カン。


明らかに、グラスより氷の方が多い。


「……氷、多くないかい?」


カウンター席、唯一の客――ミツ婆が言う。


「これは冷却だ」

鷹宮は真顔で答えた。


「水割りじゃなくて、

 “氷割り”だねぇ」


ミツ婆は焼きイカをかじりながら笑う。


客はミツ婆ひとり。

売上はほぼゼロ。

氷の消費量だけが異常に多い。


これが、

失脚した元市長の現在地だった。


数ヶ月前。


再開発計画の白紙撤回。

裏金疑惑。

辞任会見。


「責任を――」


その言葉の続きを、

誰も聞かなかった。


町を去るかと思われた鷹宮は、

なぜか戻ってきて、

なぜかスナックを始めた。


理由を聞くと、

こう答えた。


「……話を聞く場所が、欲しかった」


政治家としては遅すぎた理由だ。


ミツ婆はグラスを置き、店内を見回す。


「で、客層は?」


「……今のところ、

 君と、

 通りすがりの猫一匹」


「猫の方が金落としそうだね」


「それは否定できない」


そんな会話が続く、

平和すぎる夜。


――その時。


店のドアが、

乱暴に開いた。


ガラン。


入ってきたのは、

黒服の男が三人。


全員サングラス。

夜なのに。


空気が、

一段階、下がる。


「……いらっしゃいませ」


鷹宮は、元市長としてではなく、

スナックのマスターとして言った。


黒服の一人が、

カウンターを指で叩く。


トン、トン。


「この辺、

 ウチのシマなんで」


店内が静まり返る。


ミツ婆は、

ゆっくりイカを噛み、

一拍置いて言った。


「シマ?

 ここ、昔は芋畑だよ」


黒服、困惑。


「……いや、そういう意味じゃなく」


「芋は裏切らんかったけどねぇ」


「婆さん、話が通じて――」


その瞬間。


鷹宮が、

氷山みたいなグラスを差し出した。


「水、どうぞ。 冷えてます」


黒服、思わず受け取る。


氷、多すぎ。


「……あの」


「今の私に出せる、 一番の誠意です」


ミツ婆、吹き出す。


「元市長、

 交渉下手は治ってないねぇ」


黒服たちは顔を見合わせる。


不穏。

だが、どこか間が抜けている。


「……また来ます」


そう言って、黒服は去っていった。


ドアが閉まる。


沈黙。


ミツ婆が言う。


「……面倒なのに目、つけられたね」


鷹宮は、

氷の減ったバケツを見つめながら答えた。


「……逃げるのは、もうやめた」


その頃


町の診療所。


さっちゃん先生が、

くしゃみをした。


「……また、

 面倒な病気の気配がする」


白衣を羽織り直し、

独り言。


「今度のは、

 “暴力性外来種型・地域侵入症候群”かな」


こうして。


町を荒らすマフィアと、

鬼医者と、

元市長と、

やたら元気な婆さんたちの、

ドタバタ人情戦争が始まった。

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