第10話(最終話) 仁風は、外にも吹く
数ヶ月後。
駅前には、かつての再開発予定図の代わりに
手描きの地図が貼られている。
「ここは残したい」
「ここは直したい」
「ここに、ベンチを」
色とりどりの付箋。
住民参加型・再整備計画。
役所主導でも、
誰かの独断でもない。
若者、老人、商店主、
子どもまで混じっている。
完璧じゃない。進みも遅い。
でも、誰も「勝手に決められた」とは言っていない。
委員会の会議室の端。
ケンジが、
資料を抱えて立っている。
少しだけ、昔より背筋が伸びた。
ケンジ
「えっと…… この道、夜暗いって声が多くて」
老人
「ほう。 じゃあ、灯り増やすか」
主婦
「防犯にもなるわね」
誰も、笑わない。
誰も、怒鳴らない。
意見が、ちゃんと“聞かれている”。
診療所は、そのまま
ONI FAMILY MEDICAL CENTER。
看板は変わらず、
少しだけ色あせている。
でも中は、相変わらず騒がしい。
「先生ー!」
「順番守ってー!」
「誰が神様だって?」
さっちゃんは、今日も白衣で腕を組む。
さっちゃん
「ここは病院! 願い事の受付じゃない!」
患者、笑う。
町、呼吸する。
祭りの日
夏。
再開発が消えた年の、
新しい祭り。
名前はまだない。
屋台は少なく、
派手なステージもない。
でも焼きそば。
太鼓。
子どもの笑い声。
あのバザーから始まった、
“自分たちでやる”延長線。
ミツ婆、相変わらず最前線。
「ほら、焼きそば焦げるよ!」
若者
「婆ちゃん、休んで!」
ミツ婆
「口は休ませとる!」
少し離れた場所。
黒川は杖をつき、
祭りを眺めている。
隣に、ケンジ。
黒川
「……わしらはな、 守るって言いながら、
抱え込んどった」
ケンジ
「……」
黒川
「次は、お前らの番じゃ」
ケンジは、祭りの輪を見る。
責任も、不安も、確かに見える。
でも、逃げたいとは思わなかった。
夜。
提灯の灯り。
さっちゃん
「町は治らない」
「病気じゃないから」
「でも 回復は、する」
人は失敗する。
町も迷う。
それでも、逃げずに関われば、
風は止まらない。
彼女は、そっと白衣の袖を直す。
仁風は、外にも吹く
町の外れ。
風が吹き抜ける。
小さな町から始まった動きが、
まだ見ぬ誰かの背中を押すかもしれない。
それで十分だ。




