第9話 再開発を選ばなかった未来
朝の駅前は、音が少なかった。
工事予定地に立っていた仮囲いも、測量杭も、
いつの間にか撤去されている。
代わりに貼られた一枚の紙。
再開発計画は、白紙撤回とする
文字は事務的で、感情の居場所がない。
人は集まるが、誰も声を上げない。
拍手も、歓声もない。
「……終わったんだよな?」
誰かが呟くが、
返事は返ってこない。
市は“公式に”動いた
昼のニュース。
市のロゴ。
硬い表情の職員。
アナウンサー
「再開発事業に関する不正疑惑を受け、
市長・鷹宮氏の進退については——」
言葉は続くが、
要点はぼやけていく。
・調査委員会
・事実確認
・責任の所在
どれも、“これから”の話。
町が欲しかった“これからどうなるのか”
その答えだけが、ない。
町は、一瞬止まる
商店街。
シャッターを開ける手が、
いつもより遅い。
八百屋の親父
「……で、どうすりゃいいんだ?」
青年
「再開発なくなったなら、
この店、続けるんですか?」
老人
「わしら、勝ったんじゃないのか?」
誰も、悪くない。
でも誰も、答えを持っていない。
敵が消えたあと、味方の顔がよく見える。
その表情は、不安と期待が混じった、
とても人間らしいものだった。
診療所
さっちゃんは、
いつも通り白衣を着ている。
いつも通り、血圧を測り、
喉を診て、背中を叩く。
でも今日は、診察の合間に
よく外を見る。
工事音のしない町。
静かすぎて、
少し怖い。
ケンジ
「……先生。
町、これからどうなるんでしょう」
さっちゃん
「さあね。
医者は未来、診れないから」
ケンジ
「……ですよね」
それ以上、
彼は聞かなかった。
ミツ婆の言葉
夕方。
長屋の前。
ミツ婆は、腰を下ろして
ゆっくり茶をすする。
若い衆が集まってくる。
「勝ったんですよね?」
「でも、次は?」
「何もしなきゃ、また——」
ミツ婆は、
少しだけ笑って言う。
ミツ婆
「止まれる町はね、まだ生きとる」
一同
「……?」
ミツ婆
「止まれん町は、誰かに走らされとるだけさ」
風が吹く。
紙切れが、
地面を転がる。
選ばなかった未来
もし、再開発が進んでいたら。
きれいな駅。
便利な店。
知らない顔の人たち。
“正解”に見える未来は、
確かにあった。
でも町は、
それを選ばなかった。
理由は、一つじゃない。
誰も、完全に正しかったわけでもない。
ただ
自分たちで決めた、
という事実だけが残った。
◇◇◇
夜。
診療所の灯り。
さっちゃん(独白)
「治したからって、
前に進めるわけじゃない」
「止まる時間も、治療の一部」
彼女は白衣を脱ぎ、
ハンガーに掛ける。
外では、町がまだ考えている。




