第8話 公開討論会。決断するのは、医者じゃない
会場は、満員だった。
市民ホール。
椅子が足りず、壁際にも人が立つ。
老人、若者、商店主、母親。
この町の“生活”そのものが集まっていた。
壇上には、市長・鷹宮。
その隣に、市の幹部たち。
そして、前列にさっちゃん。
白衣ではない、普段着のまま。
公開討論会
司会
「それでは、再開発計画について——」
市長・鷹宮は、笑顔で語り始める。
「この町は、変わる必要がある。
若者が戻り、未来が」
その瞬間。
ミツ婆
「未来言う前に、 今の飯の話をしな!」
会場がどっと沸く。
黒川
「補償の説明が、まだじゃ」
ケンジ
「この数字、誰の生活を想定してますか?」
市長の笑顔が、少しだけ硬くなる。
逃げる市長
市長
「個別の事情については、
後日、担当部署が——」
ざわめき。
ケンジ
「またそれですか?」
市長
「感情的になられても——」
その言葉で、空気が変わった。
“感情的”
それは、この町を一番怒らせる言葉だった。
その時。
一人の男が、ゆっくり立ち上がる。
森下職員だった。
「……発言、よろしいでしょうか」
幹部が青ざめる。
森下
「市が提出していない資料があります」
会場が静まり返る。
彼は、封筒を掲げた。
「補助金の流れ。
外部コンサルへの支払い。
そして用途不明金」
ざわめきが、怒号に変わる。
市長
「それは内部資料だ! 今は関係ない!」
森下
「関係あります」
彼は、はっきり言った。
「この町の判断に、必要です」
市長、退く
市長は、言葉を探す。
だが、もう遅かった。
質問が、止まらない。
「説明しろ!」
「誰が決めた!」
「俺たちの生活は?」
市長は、一歩下がる。
そして、こう言った。
「……本日は、これ以上の議論は——」
逃げた。
壇上を、足早に去っていく。
拍手も、罵声もない。
ただ、失望だけが残った。
さっちゃんの宣言
静まり返った会場で、
さっちゃんが立つ。
マイクを持たない。
ただ、はっきりと声を出す。
さっちゃん
「私は、医者です」
人々が彼女を見る。
「でもね」
一拍置いて、続ける。
「私は治療しない。
判断は、町でやって」
ざわめき。
「病名は、もう出てる。
症状も、原因も」
彼女は、町を見渡す。
「どう生きるかは、
患者本人が決めるもの」
ケンジが、拳を握る。
ミツ婆が、うなずく。
黒川が、目を閉じる。
主役が、町になる
司会が戸惑いながら言う。
「……では、今後の方針は」
誰かが答える前に、
町の中から声が上がる。
「話し合おう」
「俺たちで決めよう」
「急がなくていい」
それは、命令じゃない。
合意だった。
さっちゃんは、少しだけ微笑む。
さっちゃん
「ほらね。 もう、自分で立ってる」
外に出ると、夜風が涼しい。
ケンジ
「……先生、もう出番ないですね」
さっちゃん
「ううん」
彼女は空を見上げる。
「これからが、長い治療」
町の灯りが、ひとつずつ点く。




