第7話 市は、静かに締め付ける(圧力開始)
町は、急に静かになった。
バザーの熱気も、焼きそばの匂いも、
まるで最初からなかったように。
だがそれは、回復ではない。
発熱が引いたあとに来る、あの嫌な静けさだった。
市は、静かに締め付ける
市役所。
会議室の空気は、冷えていた。
「署名の件ですが」
森下職員が資料を差し出すと、
上司はページをめくりもせず、こう言った。
「その話、もう触れなくていい」
「ですが、正式な手続きとして」
「君、わかってるよね?」
声は穏やかだった。
だが、その穏やかさこそが圧だった。
「余計なことをすると、配置換えになる。
このタイミングで、ね」
森下は言葉を飲み込む。
“静かに締め付ける”
それが、この市のやり方だった。
噂は、数字より早く回る
同じ頃、町では別の“資料”が回っていた。
「反対派に反社がいるらしい」
「鬼医者が裏で操ってるって」
誰が言い出したのか、誰も知らない。
だが、断定口調だけが独り歩きする。
SNSで炎上。
町内LINEで拡散。
スーパーのレジ前で、ひそひそ声。
署名の「人数」よりも、
噂の「速さ」のほうが、人の心を掴んだ。
診療所への嫌がらせ
朝。
診療所のシャッターに、黒い文字。
「町を壊すな」
ポストには、意味のない紙切れ。
ゴミ箱は倒されていた。
ケンジが息を呑む。
「……これは、やりすぎですよ」
さっちゃんは、無言でシャッターを拭く。
何度も、丁寧に。
さっちゃん
「噂もね、 放置すると悪化するんだわ」
ケンジ
「怒らないんですか?」
さっちゃん
「怒ってる。でも、今は治療の段階」
署名の行方 ― 数字が武器になる
夜。
さっちゃん、ケンジ、数人の若者が集まる。
机の上に、署名用紙が積まれている。
ケンジ
「……これ、想像以上に集まってます」
さっちゃん
「数字は嘘をつかない。
嘘をつくのは、解釈だけ」
ケンジ
「でも、市は無視してます」
さっちゃん
「だからこそ、効く」
彼女は言い切った。
「“反対してる人がいる”じゃ弱い。
“これだけ生活がある”って示すの」
署名は、感情ではない。
生活の総量だった。
森下職員、踏みとどまる
深夜の市役所。
森下は一人、データを見ていた。
補償額。
移転先。
年齢別の影響。
数字は、明確に“歪んで”いた。
森下
「……これは、切り捨てだ」
誰に見せるわけでもないメモを、
彼は保存する。
異動されるかもしれない。
睨まれるかもしれない。
それでも。
森下
「公務員は…… 黙るためにいるんじゃない」
彼は、踏みとどまった。
さっちゃんの静かな怒り
診療所。
夜の灯りだけが、ぽつんと残る。
さっちゃんはカルテを閉じ、つぶやく。
さっちゃん
「出そろったね」
ケンジ
「……どうなりますか」
さっちゃん
「これからが、正念場」
彼女は笑わない。
怒鳴らない。
ただ、確信を持って言う。
「町はね、簡単には死なない」
外では、またデマの噂が流れている。
だが、同時に
数字も、記録も、人の意思も、積み上がっていた。




