第4話 カルテは嘘をつかない老人たちの地図
診療所の奥。
夜。
シャッターは下り、看板の灯りだけが残っている。
さっちゃん先生は、白衣のまま床に座り込んでいた。
周囲には、黄ばんだ書類の山。
「……これ、医学的に言うとね」
黒川が覗き込む。
「“慢性・隠蔽症候群”じゃ」
「そうそう。
しかも再発率が高いタイプ」
二人は同時にため息をついた。
ミツ婆が、どさっと古い風呂敷を広げる。
中から出てきたのは、
・手書きの地図
・町内会の議事録
・昭和の補助金申請書
「捨てろって言われたけどねぇ」
ミツ婆は笑う。
「“いつか嘘つきが出る”と思って、
取っといた」
さっちゃん、即答。
「正解。
年寄りはゴミじゃなくて証拠を溜めるの」
黒川が一枚の写真を指差す。
にぎわう昔のアーケード。
「ここじゃ」
「……今は?」
「駐車場。 しかも未舗装」
ミツ婆が鼻で笑う。
「“一時的な更地”って言われてね。
気づいたら、戻る場所も消えてた」
資料の端に書かれた文字。
予算不足により計画変更
さっちゃんが眉をひそめる。
「病名つけるなら、
資金蒸発型・再開発症候群」
黒川が、数字をなぞる。
「ここ、合わん」
「どこが?」
「全部じゃ」
二人、無言。
ミツ婆が肩をすくめる。
「消えたんだよ。補助金も、責任者も」
「治療拒否患者だね」
「死亡確認、まだじゃがな」
黒川が、ぽつりと呟く。
「これは……前にもあったやつじゃ」
さっちゃんが顔を上げる。
「やっぱり?」
「わしが会長になる前。
“町の未来”って言葉が、
一番安かった時代じゃ」
ミツ婆が続ける。
「若いもんが夢見て、
年寄りが口をつぐんで、
最後に誰も残らなかった」
静寂。
さっちゃんは、書類をまとめて言った。
「ねぇ黒川さん」
「なんじゃ」
「これ、再開発じゃない」
二人、目が合う。
「町の病気の再発だよ」
黒川は、深く頷いた。
次にすること
ミツ婆が地図を畳む。
「さて。 これ、どう使う?」
さっちゃん、にやり。
「医者はね」
「診断書を書くのが仕事」
黒川が笑う。
「今度は、町が患者じゃな」
遠くで、青年団の声が聞こえる。
過去と現在が、
同じ線で結ばれた夜だった。




