第3話 裏で動く人たち
内心を正直に言えば。
ケンジは、再開発に少しワクワクしていた。
駅前がきれいになる。
仕事が増える。
若者が戻ってくる。
「この町、変わるかもしれない」
そう思った自分を、
恥ずかしいとは、まだ思っていなかった。
青年団の集まり。
テーブルに並ぶのは、
市から配られた分厚い資料。
ケンジはページをめくる。
・完成予想CG
・経済波及効果
・雇用創出数
全部、未来の話だ。
「すげぇな……」
隣の若者が言う。
だが、ケンジはふと気づく。
今の話が、ほとんどない。
補償についてのページ。
下の方。
小さな文字。
※現行評価額を基準とする
※移転費用は一部自己負担
ケンジは計算する。
長屋の家賃。
商店の売上。
立ち退き期間。
……合わない。
「これ……足りなくないか?」
誰も答えない。
「なあ、この金額じゃ、
店、続けられないだろ」
若者の一人が、目を逸らす。
「……まあ、仕方ないんじゃね?
時代だし」
その言葉が、
ケンジの胸に刺さった。
■ 市長ブレーンの顔
後日。
偶然、駅前で見かけたスーツの男たち。
説明会で見た顔。
「住民は感情的だからさ」
「半年もあれば折れる」
笑いながら話している。
ケンジは、拳を握った。
ああ。
俺たち、最初から数字だったんだ。
◇◇◇
その夜。
ONI FAMILY MEDICAL CENTER。
理由もなく、
ケンジは診療所にいた。
さっちゃん先生が、カルテも見ずに言う。
「顔がさ、“期待過剰症”よ」
ケンジは苦笑する。
「……俺、夢見てました」
さっちゃんは、椅子に腰掛ける。
「いいじゃない。夢を見るのは若者の仕事」
そして、指で資料をトントン叩く。
「でもね」
「“期待”ってのは、ちゃんと数字を見ると治る」
ケンジは、深く息を吐いた。
帰り道。
ミツ婆の言葉を思い出す。
『土地は金で買えても、因縁は買えん』
黒川の言葉も。
『わしらは一度、負けた。だから急がん』
ケンジは、ようやく理解した。
年寄りが慎重なのは、
臆病だからじゃない。
一度、数字に騙されたことがあるからだ。
青年団のグループチャットに、
ケンジは書き込んだ。
「資料、もう一回読もう」
「補償のとこ、全員で確認しよう」
既読が、少しずつ増える。
町のどこかで、
歯車がカチリと音を立てた。




