第10話(最終話) 町は、次の人に手渡される
春の終わり。
ONI FAMILY MEDICAL CENTER の前の空き地に、
色とりどりの布が張られた。
簡易テント。
手書きの看板。
不揃いな机。
町内バザー。
「……誰が言い出したんですか、これ」
白衣のまま、さっちゃんが腕を組む。
ミツ婆が胸を張る。
「若いもんがな。
“診療所に世話になりっぱなしは嫌だ”って」
ケンジが頭を掻く。
「医者が町を守るなら、
町も、次を守らなきゃって」
バザーの一角。
黒川――元会長が、
若者たちに囲まれている。
「会長、ここはこうでいいですか?」
「……だから、もう“会長”じゃないと言っとろう」
そう言いながらも、
配置図を真剣に見る。
「いいか。
人が集まる場所には、
必ず“休める場所”を作れ」
「救護所ですね」
「違う。
“逃げていい場所”だ」
若者たちが、頷く。
子ども向けコーナーでは、
中学生たちが小さな鬼面を売っている。
「これ、どうして赤と青なんですか?」
「昔な、
鬼医者に双子がいるって話があってな」
「へえー!」
さっちゃん、聞いてしまって
そっと後ろを向く。
(勝手に伝説にするな……)
午後。
広場に人が集まる。
簡単なステージ。
マイクは一本。
黒川が前に出る。
「……町内会として、
一つ、決めたことがある」
ざわめき。
「若者指導委員会を作る。
町内会の下じゃない。
町の“横”に並ぶ組織だ」
若者たちが驚く。
「口出しはしない。
失敗したら、一緒に片付ける」
黒川は、杖を突いた。
「それが、大人の役目だ」
さっちゃんは、後ろで聞いていた。
何も言わない。
何も手を出さない。
それでいい。
夜。
祭りの灯りが揺れる。
太鼓。
笑い声。
少し下手な踊り。
診療所の前に、
若者用の掲示板が立てられていた。
《次回:救護講習会》
《子ども見守り当番 募集》
《失敗しても怒られません》
さっちゃんは、それを見て、
静かに息を吐いた。
ミツ婆が横に来る。
「先生」
「……なんですか」
「もう“鬼医者”の出番、
減るかもしれんねぇ」
さっちゃんは、少し考えてから言う。
「減ったら、増やします」
「なにを?」
「世間話の時間」
ミツ婆は、声を出して笑った。
最後に。
さっちゃんの独白。
治癒師は、
町を正しくしない。
町が、自分で決められるように
横に立つだけ。
今日、
この町は決断した。
“次を育てる”と。
だから私は、
明日も白衣を着る。
出番が減る日を、
少し楽しみにしながら。
灯りが消え、
風が吹く。
仁風は、確かに次の世代へ渡った。
『仁風、町に吹く ― さっちゃん先生、開業記』
ー完ー




