第9話 町は、誰のもの?
黒川が去った町は、
思ったより、うるさかった。
「次は若い奴がやるべきだ!」
「いや経験者だ!」
「そもそも町内会なんて要るのか?」
町内掲示板の前で、声が飛ぶ。
ミツ婆は腕を組み、ケンジは胃薬を飲み、
誰かが言った。
「……黒川の方がマシだったか?」
その一言で、空気が一瞬凍る。
ONI FAMILY MEDICAL CENTER。
その日、診療所は妙に混んでいた。
……患者じゃない。
椅子に座っているのは、
湿布を貼ってない人間ばかり。
「ここは病院だぞ!」
「でも話す場所がない!」
「じゃあ診てもらう理由作るか!?」
さっちゃん、白衣のまま頭を抱える。
「……なんで全員、 “喉が痛い”って言うの」
エリオットが横で小声。
「心理的炎症ですね」
「診断名つけるな!!」
そのうち、口論が始まった。
「お前が会長やれ!」
「無理無理、責任重すぎ!」
「文句言うだけの奴が一番ダメだ!」
声が荒れる。
その時。
さっちゃんが、机を
ドン、
と叩いた。
鬼の角が、ほんのり光る。
「医者は、決めません」
一斉に静まる。
「誰が会長か、 誰が正しいか、
私は決めない」
町民たちが息を呑む。
「でも」
さっちゃんは、ゆっくり言った。
「話し合う場所は、作ります」
白衣の袖をまくる。
「ここは診療所。 命の話をする場所です」
一人一人を見る。
「だったら、 “町の命”の話をしてもいいでしょ」
沈黙。
そして、誰かが椅子を引いた。
「……じゃあ、座るか」
その夜。
診療所は、
“町の話し合い所”になった。
議題はバラバラ。
声もでかい。
脱線も多い。
ミツ婆が昔話を始め、
ケンジが数字を出し、
若者がスマホで資料を探す。
ガルド級の町民が机を叩き、
「要するに、 俺たち、
“任せきり”だったんだろ!」
誰も否定しなかった。
さっちゃんは、端で見ていた。
口は出さない。
結論も言わない。
ただ、
水を出し、
椅子を足し、
誰かが泣けばティッシュを渡す。
エリオットが囁く。
「介入しないのですね」
「……うん」
さっちゃんは、少し笑う。
「治すのは“体”だけ。 町は、自分で治る」
深夜。
診療所の明かりが消える。
結論は出なかった。
でも
誰も怒鳴らず、
誰も逃げなかった。
それだけで、十分だった。
翌朝。
掲示板に貼られた紙。
「町内会臨時会合 場所:ONI FAMILY MEDICAL CENTER
※誰でも参加可」
さっちゃんはそれを見て、呟く。
「……町は、 誰のものかって?」
白衣を着直す。
「住んでる人、全員のものだよ」
町は、支配されるものから
“話し合って守るもの”へ。




