第5話 母の背中
ONI FAMILY MEDICAL CENTER。
白く、静かな廊下に
実習生用の名札をつけたアカネとソラが立っていた。
「……広いね」
「学校と全然違う」
今日は医療センター見学実習。
だが二人にとって、意味はそれ以上だった。
所長は、さっちゃん先生。母だ。
現場のさっちゃん
重症患者の処置室。
アカネは息を詰めて見ていた。
さっちゃんは泣き虫な母でも、
学校で叱る教師でもない。
判断が早く、声が低く、無駄がない。
「ここ、遅れてる」
「次、準備」
「……今は待て」
一切の迷いがない。
患者が苦しそうに呻くと、
一瞬だけ表情が柔らぐ。
だが、すぐに切り替わる。
「大丈夫。今から治す」
その言葉に、根拠があることが
アカネにも分かった。
アカネの胸の内
(追いつかなきゃ)
無意識に拳を握る。
母は、全部を背負っている。
判断も、責任も、結果も。
(私が前に出なきゃ)
(引っ張らなきゃ)
前回言われたことが、
頭の隅で引っかかる。
独りで完結しすぎる。
でも。
(だって、母はそうしてる)
アカネの目には、
“先頭に立つ背中”しか映っていなかった。
ソラは、少し後ろで見ていた。
さっちゃんの手元だけでなく、
周囲のスタッフにも目を向ける。
「準備、間に合ってる?」
「今の処置、確認して」
さっちゃんは、
すべてを一人でやっていない。
判断は自分で下すが、
動かすのはチームだ。
(あ……)
ソラは気づく。
母は“一人で背負ってる”けど、
一人で抱え込んではいない。
処置が終わり、
患者が安定したあと。
さっちゃんは、ようやく椅子に座った。
少しだけ、疲れた顔。
アカネが、思わず言う。
「……すごかった」
さっちゃんは照れたように笑う。
「当たり前よ。
ここは命の現場だもの」
ソラが、ぽつりと聞く。
「怖く、ないの?」
さっちゃんは、一瞬だけ黙る。
「怖いわよ。毎日」
そして、続けた。
「でもね、
怖いからこそ、独りでやらないの」
アカネは、はっとする。
帰り道
夕暮れの廊下。
アカネは、歩きながら呟く。
「……私さ」
「引っ張ることしか考えてなかった」
ソラは、前を見たまま答える。
「姉ちゃん、悪くないよ」
「でも、母さんみたいに“任せる”のも強さだと思う」
アカネは、小さく息を吐く。
「追いつかなきゃって思ってた」
「でも……」
ソラが、笑う。
「同じじゃなくていいのかも」
アカネは、少しだけ立ち止まってから、頷いた。
「……うん」
先生
さっちゃん先生
魔界医療看護専門学校・元鬼教師/
現・ONI FAMILY MEDICAL CENTER 所長
鬼族最強クラスの治癒師。厳しくて泣き虫。
エリオット=ハワード
人間の医療研究者/魔界医療顧問
理論派・冷静沈着。家庭ではややポンコツ。
蒼井教授
魔界大学・外部医療顧問
氷系治癒理論の第一人者。相変わらず人気。
カグヤ=ナースロッド
元生徒 → 現・実技教官
現実主義の塊。恋愛と心霊は今も否定派。
焔丸
元クラス委員長 → 現・規律担当教官
真面目すぎるが、学生からの信頼は厚い。
生徒
アカネ=ハワード=オニ(15歳)
鬼×人ハーフ/治癒+感情共鳴型
内省型・責任感の塊。無茶を自覚していない。
ソラ=ハワード=オニ(15歳)
鬼×人ハーフ/魔力制御・補助特化
明るいムードメーカー。姉優先主義。
クラスメイト
クロウ=ベルフェン
闇属性治癒志望。口が悪いが面倒見がいい。
ミナ=ルミナール
光属性サポート系。成績優秀だが極度の緊張症。
ガルド=バイソン
鬼族。レスキュー志望。声がでかい。
エルナ=フェイリス
妖精族。精神治癒系。空気を読む達人。
トウマ
人間。一般医療枠。
「鬼の家系」に囲まれて毎日胃痛。




