第2話 責任感は、重い
実技演習室に、張りつめた空気が流れていた。
本日の課題は
多重外傷患者の同時治癒処置。
制限時間あり。
補助なし。
途中中断は減点。
「……始め」
号令と同時に、アカネは前に出た。
(私がやらなきゃ)
患者役の魔導ゴーレムは、感情負荷が高く設定されている。
痛み、恐怖、不安――
それらが魔力波として押し寄せる。
普通なら、分担する。
普通なら、休む。
でも。
アカネは、一人で引き受けた。
治癒陣、安定。
感情共鳴、制御。
魔力出力、最適化。
完璧だった。
数値も、処置も、判断も。
――ただ一つ。
自分のことだけが、計算に入っていなかった。
「……っ」
視界が、一瞬揺れる。
足元が遠のく。
(まだ……終わってない)
無理に立ち続けようとして――
膝が、崩れた。
「アカネ!」
ソラの声が聞こえた気がした。
次の瞬間、床が近づいて
抱えられた。
「患者役、処置完了。
実施者、魔力枯渇寸前」
冷静な声。
さっちゃん先生だった。
医務室。
ベッドに横になり、アカネは天井を見つめていた。
(失敗した……)
治癒は成功。
課題も達成。
でも、倒れた。
それは“失格”に近い。
カーテンが引かれ、
足音が止まる。
「……アカネ」
低い声。
教師の声だ。
「なぜ、休まなかった」
「……できたからです」
「それは理由にならない」
ぴしりと、言葉が落ちる。
「自己管理も、治癒の一部。
倒れた時点で、あなたは患者を増やした」
正論だった。
あまりに、正しかった。
胸が、きゅっと痛む。
「……はい」
それしか言えなかった。
さっちゃんは、それ以上何も言わなかった。
叱責も、慰めもない。
ただ、記録を取り、
静かに背を向ける。
母としてなら、
抱きしめてくれたかもしれない。
でも今は、教師。
その事実が、
初めて、怖かった。
(お母さん……)
呼びたいのに、呼べない。
アカネは、シーツを強く握った。
(私、ちゃんとしなきゃいけないのに)
完璧じゃないと、
価値がない気がして。
しばらくして、足音が戻る。
さっちゃんは、何も言わずに
そっと、毛布をかけ直した。
触れない。
抱きしめない。
でも、その手は
少しだけ、震えていた。
それに気づいてしまって、
アカネは、余計に苦しくなる。
(……母が、怖い)
初めて浮かんだその感情に、
アカネは小さく、目を閉じた。
責任感は、
強さの証。
でもそれは、
一人で背負うには、重すぎた。
先生
さっちゃん先生
魔界医療看護専門学校・元鬼教師/
現・ONI FAMILY MEDICAL CENTER 所長
鬼族最強クラスの治癒師。厳しくて泣き虫。
エリオット=ハワード
人間の医療研究者/魔界医療顧問
理論派・冷静沈着。家庭ではややポンコツ。
蒼井教授
魔界大学・外部医療顧問
氷系治癒理論の第一人者。相変わらず人気。
カグヤ=ナースロッド
元生徒 → 現・実技教官
現実主義の塊。恋愛と心霊は今も否定派。
焔丸
元クラス委員長 → 現・規律担当教官
真面目すぎるが、学生からの信頼は厚い。
生徒
アカネ=ハワード=オニ(15歳)
鬼×人ハーフ/治癒+感情共鳴型
内省型・責任感の塊。無茶を自覚していない。
ソラ=ハワード=オニ(15歳)
鬼×人ハーフ/魔力制御・補助特化
明るいムードメーカー。姉優先主義。
クラスメイト
クロウ=ベルフェン
闇属性治癒志望。口が悪いが面倒見がいい。
ミナ=ルミナール
光属性サポート系。成績優秀だが極度の緊張症。
ガルド=バイソン
鬼族。レスキュー志望。声がでかい。
エルナ=フェイリス
妖精族。精神治癒系。空気を読む達人。
トウマ
人間。一般医療枠。
「鬼の家系」に囲まれて毎日胃痛。




