第九話 出産、鬼の涙、人の祈り
研究所・魔界産科区画。
照明は落とされ、
魔力安定陣が淡く脈打っている。
静かだ。
嵐の前の、異様な静けさ。
ベッドの上で、
さっちゃんは歯を食いしばっていた。
さっちゃん
「……っ……!」
角は震え、
室内の空気がわずかに歪む。
エリオットは、手袋をはめながら冷静に言う。
「陣痛、間隔短縮。 魔力値、上昇傾向……」
しかしその声の裏で、
彼の指は、さっちゃんの手を強く握っていた。
次の瞬間。
ゴゴ……
魔力安定装置が唸る。
雷士
「魔力、限界値近いです!!」
カグヤ
「双子の干渉……想定より強い」
ユミカ
「で、でも……
先生、すごく頑張ってる……!」
ミミは涙をこらえながら、
さっちゃんの額を拭く。
ミミ
「先生……
大丈夫……私たち、います……」
魔力暴走寸前
さっちゃん
「……っ……はぁ……」
息が荒い。
鬼の血が、
理性を押し流そうとする。
空中で、器具が微かに浮いた。
ジゾー丸
「……」
ゆっくり、前に出る。
ジゾー丸
「……先生」
低く、確かな声。
ジゾー丸
「……守るのは、
いつも……一人じゃない」
その言葉に――
さっちゃんの視線が、はっきり戻る。
次の陣痛。
さっちゃん
「――っ!!」
声が、病棟に響く。
鬼としての誇りも、
教師としての矜持も、
全部振り切って。
さっちゃん
「この子たち……!!」
涙が溢れる。
さっちゃん
「絶対……
絶対、生きさせる!!」
その瞬間。
角から溢れた魔力が――
破壊ではなく、包み込む力に変わった。
エリオット
「……切り替わった」
雷士
「魔力、安定方向に反転!」
カグヤ
「……母性、ですね」
一つ目の産声。
オギャア!!
小さく、確かな命の音。
ミミ
「……生まれた……!」
続けて――
オギャッ!
二つ目。
双子。
魔力は爆発せず、
病棟全体に柔らかく広がる。
まるで
癒しの波。
壁のひびが塞がり、
疲弊していた全員の呼吸が、ふっと軽くなる。
ユミカ
「……あ……あったかい……」
雷士
「回復……してる……?」
さっちゃんは、
二人の小さな命を胸に抱く。
さっちゃん
「……あ……」
涙が、ぽろぽろ落ちる。
鬼の涙は、
怒りの象徴ではなかった。
それは――
命を慈しむ力だった。
エリオット
「……お疲れさま」
さっちゃん
「……生きてる……
ちゃんと……」
エリオット
「うん。
君が、救った」
その夜
病棟の外。
元生徒たちが、静かに座っている。
焔丸
「……先生……」
オニグレン
「強ぇな……
泣きそうになった……」
プリム
「恋愛療法の最終形ですね」
カグヤ
「……黙ってください」
鬼の涙は、
病棟を癒し、
人の祈りは、
命を迎えた。
そして
さっちゃんは初めて、
教師でも、鬼でもなく、
母になった。




