第八話 破水は研究発表中に起きる
国際魔界医療学会。
会場は巨大。
種族も領域もバラバラの医療関係者が集う、年に一度の大舞台。
壇上には
白衣、眼鏡、冷静沈着。
エリオット・グレイ。
スライドには
《異種族間妊娠における魔力循環と安定化モデル》。
エリオット
「以上が、
鬼族と人間の魔力干渉を最小化する――」
会場
(ざわ……)
(天才だ……)
(冷静すぎる……)
その瞬間。
ピコン
エリオットの通信石が光る。
一瞬、無視しかけて――
表示された文字。
《さっちゃん:破水しました》
世界が止まる
エリオット
「…………」
三秒、完全停止。
会場
「?」
「今、止まった?」
「スライドも止まってない?」
エリオット
(破水)
(=出産)
(=今)
次の瞬間。
エリオット
「……失礼します」
淡々と一言。
教授A
「どうしました?」
エリオット
「妻が破水しました」
ドン!!!!
会場、騒然。
教授B
「今!?」
教授C
「双子だぞ!?」
教授D
「お前まだ発表途中――」
エリオット
「続きは論文で」
教授陣
「行け!!!!」
司会
「え、えー……
本発表は……一時中断……?」
観客
「奥さん優先で!!」
「論文後でいい!!」
「子どもは今しか生まれん!!」
誰かが叫ぶ。
「救急転移陣!!」
床が光る。
エリオット
(冷静に)
「座標、研究所産科区画。
優先度、Sランク」
教授A
「発表資料置いてけ!!」
エリオット
「妻のほうが重要です」
教授陣
「正解!!」
■ その頃・研究所
さっちゃんは分娩ベッド。
さっちゃん
「……落ち着け……
私は鬼……
冷静……」
次の瞬間。
さっちゃん
「冷静とか無理!!!!」
雷士
「心拍数上がってます!!」
ユミカ
「だ、大丈夫です! ロマン的には!」
カグヤ
「ロマンはいらない」
ミミ
「先生……手、握ります……」
家具、ちょっと浮く。
さっちゃん
「ごめん……無意識……」
バァン!!
研究所中央に
眩しい転移光。
白衣の男、着地。
エリオット
「……ただいま」
さっちゃん
「遅い!!
学会なんてどうでも――」
エリオット
「途中で破水のスライドが来た」
さっちゃん
「最悪な言い方しないで!!」
エリオット、手を握る。
エリオット
「大丈夫。
今度は、僕がついてる」
さっちゃん
「……うん」
角、ちょっと震える。
学会会場。
司会
「えー……
では次の発表まで休憩――」
教授陣
「全員、無事を祈れ」
観客
「拍手!!」
なぜかスタンディングオベーション。
破水は、
最も静かな場所ではなく、
最も騒がしい場所で起きた。
でも
それは確かに、
新しい命が世界に入る合図だった。




