第一話 結婚の話は診察室ではしないでください。
魔界医療研究棟・第七診察室。
白く、清潔で、無機質。
そしてなぜか緊張感が重い。
さっちゃんは腕を組み、診察台の前に立っていた。
さっちゃん
「で。今日は何の用?」
エリオットは白衣のポケットから、
無言で小さな金属ケースを取り出した。
カチリ。
中身は
滅菌済み、クッション入り、
医療用保存ケースに収められた指輪。
さっちゃん
「……それ、臓器保存用じゃない?」
エリオット
「はい。最も安全です」
さっちゃん
「ロマンは?」
エリオット
「消毒しました」
嫌な予感しかしない。
エリオットはケースを掲げ、
論文発表の時と同じ真顔で言った。
エリオット
「結婚してください」
ドゴォン!!!!
天井の照明が揺れる。
床に亀裂。
さっちゃんの角から魔力が噴き出す。
さっちゃん
「ちょっ……!?
ここ診察室!!
耐震設計ギリギリだから!!」
エリオット
「申し訳ありません。
想定外の角反応です」
さっちゃん
「想定しなさい!!」
角がぐるぐる回転し始める。
さっちゃん
「ま、待って!
ちょっと待って!!
結婚って……その……!」
エリオット
「法的・種族的・医療的問題は
すべて整理済みです」
さっちゃん
「整理しすぎ!!
心の準備は!?
そういうのは!?」
エリオット
「今です」
角、さらに加速。
さっちゃん
「まっ……
まっ……
まって!!」
エリオット
「ちなみにこの指輪、鬼族の角暴走時でも
破損しません」
さっちゃん
「そこを褒める流れじゃない!!」
さっちゃんは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「私は!
冷静に!
判断しなきゃいけない立場なの!!」
エリオット
「はい」
さっちゃん
「結婚なんて!
人生の一大事で!!」
エリオット
「はい」
さっちゃん
「今すぐ答えなんて!!」
一拍。
さっちゃん
「……無理だから!!」
沈黙。
エリオットは少しだけ首を傾げた。
「では」
指輪を差し出す。
エリオット
「後で答えてください。
返事が“はい”である前提で
準備は進めます」
さっちゃん
「進めるな!!!」
角が限界突破。
天井に「鬼」の形の穴が開いた。
数分後。
診察室の床に座り込み、
息を切らすさっちゃん。
さっちゃん
「……はぁ……
はぁ……」
エリオット
「落ち着きましたか」
さっちゃん
「……うん……」
一拍。
さっちゃん
「……で?」
エリオット
「?」
さっちゃん
「……結婚、するって話……」
エリオット
「はい」
さっちゃん
「……冷静に考えた結果……」
角が、ぴたりと止まる。
さっちゃん
「……いいと思います……」
エリオット
「ありがとうございます」
即答。
0.2秒。
さっちゃん
「……あ」
間。
さっちゃん
「……え?」
自分の言葉を反芻。
さっちゃん
「……え?」
エリオット
「承諾と受け取りました」
さっちゃん
「ちょっと待って!!
今のは思考途中!!」
エリオット
「声に出た時点で正式発言です」
さっちゃん
「鬼族にもクーリングオフを!!」
エリオット
「ありません」
さっちゃん
「そんな……」
エリオットは、
そっと指輪をさっちゃんの指にはめる。
サイズ、完璧。
エリオット
「では」
にこり。
「末永くよろしくお願いします」
さっちゃん
「…………」
顔、爆発。
角から湯気。
さっちゃん
「……っ
……これ……
詐欺じゃない……?」
エリオット
「医学的には “運命”と呼ばれます」
こうして
鬼教師さっちゃん、無自覚即OKで婚約成立。
本人だけが、
まだ事態を理解していなかった。




