リュカ編 逃げる者は、生き延びる
世界は今日も、普通に壊れていた。
石橋が崩れたのは、リュカが渡り終えた“あと”。
落雷は、彼が立っていた場所の“隣”。
暴走した魔導車両は、彼を避けるように横転した。
「……またか」
少年は立ち止まり、息を整える。
助かった理由は分からない。
分かりたくもなかった。
旅の理由
リュカは、どこにも長く留まらない。
街に残れば、
誰かが言う。
「君が来てから、事故が増えた」
「いや、減った」
「いや、確率がおかしい」
どれも、正しい。
どれも、怖い。
だから歩く。
運命が不安定な場所へ、なぜか足が向く。
それが自分の意思なのか、
それとももう決められているのか。
分からないまま、進む。
護符と教え
胸元の護符に触れる。
アイゼンから渡された、
たった一枚の紙。
【怖いときは、逃げろ】
それだけが書かれている。
逃げることは、
卑怯じゃない。
戦わないことは、
悪じゃない。
そう言ってくれたのは、
あの人だけだった。
確率事故
市場で爆発が起きる。
リュカは反射的に、
路地へ走る。
爆風は、彼を追わない。
代わりに、
背後で立っていた男が吹き飛ぶ。
「……ごめん」
誰に向けた謝罪か、分からない。
生き残るたび、
誰かが代わりに消えている気がする。
それが一番、怖い。
英雄じゃない
剣は持たない。
魔法も撃てない。
人を守る力なんて、ない。
それでも――
生き延びてしまう。
「僕が選んだわけじゃない……」
声は、震えていた。
選ばない自由。
それは、
責任から逃げる自由でもある。
そのことを、
リュカは痛いほど分かっている。
それでも歩く
夜。
焚き火のそばで、
リュカは膝を抱える。
逃げ続けていいのか。
生き続けていいのか。
答えは出ない。
だが。
「……誰かが勝手に決めるよりは、いい」
それだけは、
はっきりしていた。
動く者の戦場
遠くで、
未来が歪む気配がする。
また“何か”が起きる。
行かなくてもいい。
逃げてもいい。
それでも足が、
自然と前に出る。
「選ばないって……
選び続けることなんだな」
リュカは歩き出す。
英雄にならないために。
犠牲を選ばないために。
ただ、生きるために。運だけで。




