エピローグ 盗まれなかったもの
夜が明ける。
中枢区画の瓦礫の間に、
一つだけ、形を保ったものがあった。
帽子。
煤に汚れ、
だが、踏みつけられることもなく、
静かに、そこに置かれている。
ルアーナは、それを拾い上げなかった。
代わりに、研究ノートを胸に抱きしめ、
崩れた都市を背に歩き出す。
世界は、もう固定されていない。
未来は不確定で、
だからこそ考え続ける価値がある。
「続きを、書く」
それが、彼女の答えだった。
リュカは、都市を出る。
護符を首から下げ、
地図も持たず、
それでも迷いはない。
怖いときは、逃げる。
生き延びる。
それは、教わった通りのやり方だった。
彼は振り返らない。
振り返る必要がないからだ。
旅は、まだ続く。
帽子は、
しばらくしてから、風に吹かれて転がった。
まるで、
持ち主が「置いていった」のではなく、
「先に行った」かのように。
さて、今回の仕事は少々高くついた。
運命を盗むなんて、
保険も効かなきゃ、
返金もできない大博打だ。
だが
盗まれなかったものも、確かにある。
泣く力。
立ち上がる勇気。
そして、続きを選ぶ自由。
老練の魔導捜査官は姿を消し、
少女は考え、
少年は歩き出す。
物語は終わった。
だが、人生は
これからが本番だ。
それじゃあ皆さん、
またどこかの旅路で。
後日談エピローグ
死神は笑う
荒野の向こうを、
一人の青年が歩いている。
影は長く、
足取りは軽い。
レイヴは、
背後を振り返らない。
見送る仕事は、
もう終わったからだ。
「命は盗めなかったな」
ぽつりと呟く。
「未来だけは……」
一拍置いて、
いつもの笑い。
「イヒヒヒヒ」
風が吹き、
砂が舞う。
死神は歩き去る。
次の“終わり”が、
どこかで始まるその日まで。
「アイゼンハワード最後の旅10 さらば相棒、最後に盗むのは―運命」
ーTHE ENDー




