第6話 運命を盗む
〈クロノ・ロック〉の中枢は、
もはや機械には見えなかった。
光の輪が幾重にも重なり、
時間そのものが、ゆっくりと回転している。
アイゼンは、そこへ歩み寄る。
足取りは確かだった。
迷いはない。
「……やめて」
ルアーナの声は、届いていた。
それでも、彼は振り返らない。
制御核の前に立つと、
アイゼンは手袋を外し、素手で触れた。
――冷たい。
だが、それは恐怖ではなかった。
「起動条件、最終確認」
無機質な声が、空間に響く。
《解除には、等価の代価を要求します》
《指定:一名分の確定寿命》
アイゼンは、帽子を脱ぐ。
「十分だ」
静かに、そう言った。
「俺の分で足りる」
ルアーナが、叫ぶ。
「やめてぇぇ!!」
リュカは歯を食いしばり、
ただ、見つめることしかできない。
装置が応える。
《代価を受諾》
《対象:アイゼンハワード》
《予定された死を固定します》
その瞬間。
アイゼンの胸に、
何かが“収まる”感覚があった。
未来が、閉じる。
だが同時に――
世界が、開く。
光が弾け、
空間が歪む。
無数の未来線が、
蜘蛛の巣のように広がり、
固定されていた一本が、静かに外れていく。
誰が、いつ死ぬか。
誰が、生き残るか。
それを決める“秩序”が、
解かれていく。
「……成功、だ」
アイゼンは、小さく息を吐いた。
足元が、崩れる。
だが、倒れない。
最後まで、立っている。
その背後で、
レイヴが腕を組んで見ていた。
「派手じゃないねぇ」
少しだけ、声が低い。
「でも……綺麗だ」
一拍置いて、
いつもの調子で笑う。
「未来を盗むなんてさ」
「最高の大仕事だろ?」
「イヒヒヒヒ」
ルアーナは、床に崩れ落ちた。
「……戻ってきてよ……」
返事はない。
アイゼンは、ゆっくりと振り返る。
二人を見る。
泣いている少女と、
耐えて立つ少年。
「約束だ」
かすれた声。
「続きを……書け」
次の瞬間。
光が、彼を包み込んだ。
崩壊ではない。
消失でもない。
ただ
世界から、外れただけ。
装置の光が、静まる。
〈クロノ・ロック〉は、沈黙した。
世界の未来線は、解放された。
だが。
そこに、
アイゼンハワードの姿は、なかった。




