第4話 真実の条件
中枢室は、異様なほど明るかった。
白と金で構成された円環状の装置――
運命干渉装置〈クロノ・ロック〉。
脈打つ光が、心臓の鼓動のように規則正しく揺れている。
「……これ」
ルアーナは息を呑んだ。
装置に近づき、制御盤に手を伸ばす。
数式、魔導式、時間軸演算。
すべてが噛み合いすぎていた。
完璧すぎる。
「おかしい……」
呟きながら、彼女は必死に演算を追う。
理論をなぞり、逆算し、前提条件を崩す。
そして――
気づいてしまった。
「止められない……?」
声が、震える。
アイゼンは何も言わない。
ただ、静かに立っている。
ルアーナは顔を上げる。
「違う。止められる……でも」
指先が、制御盤の一点で止まる。
「代価がいる」
沈黙。
「この装置……
誰かの寿命を“錠”として固定しないと、解除できない」
リュカが一歩、後ずさる。
「……どういう、こと?」
ルアーナは答えるのが怖かった。
それでも、言葉にする。
「一人分の“予定された死”を、
ここに縛り付けるの」
装置を止めるには、
誰かが世界の代わりに死ぬ。
世界の安定を壊す代わりに、
一つの命を“確定”させる。
「そんなの……」
リュカの声が、掠れる。
「そんなの、ただの……」
言葉が続かない。
そのとき。
「やっぱりな」
アイゼンが、静かに言った。
二人は同時に振り向く。
「最初から、そうだと思っていた」
まるで、
天気の話でもするような口調だった。
ルアーナは叫ぶ。
「分かってて来たの!?」
「分かってたさ」
アイゼンは帽子のつばを指で押さえる。
「秩序ってのはな、
いつも誰かの上に立つ」
ルアーナの目に、涙が滲む。
「だったら……別の方法が……」
「ない」
即答だった。
「あるなら、君がもう見つけてる」
それが、
彼女を一番深く傷つけた。
リュカは拳を握りしめる。
「……それ、正しいかもしれない」
声が震える。
「でも……優しくない」
アイゼンは、少しだけ笑った。
「だからだ」
一歩、前へ出る。
「これは、俺の仕事だ」
誰も触れない。
誰も、止められない。
中枢の光が、
アイゼンの影を長く引き伸ばす。
その背後で、
レイヴがいつの間にか壁にもたれていた。
「覚悟、決まってる顔だなぁ」
口元を歪めて笑う。
「いいね。
寿命を鍵にするなんて、洒落てる」
「黙ってろ」
アイゼンは振り返らない。
レイヴは肩をすくめる。
「冷たいなぁ。
でも――」
一拍置いて、楽しそうに言う。
「君らしいよ。
世界より、仲間を泣かせない選択」
「イヒヒヒヒ」
ルアーナは、必死に首を振る。
「嫌……そんなの、認めない……」
アイゼンは、優しく言った。
「若者には、続きを書く仕事がある」
彼女の胸に託したノートを、
ちらりと見やる。
「これは、終わりじゃない」
装置の光が、強まる。
運命の条件は、
すでに満たされようとしていた。




