第3話 対峙
中枢区画は、音のない空間だった。
巨大な円形ホール。
床に刻まれた幾何学模様が淡く発光し、
天井から垂れ下がる無数の魔導管が、脈動するように光っている。
その中心に
一人の男が立っていた。
「久しぶりだな、アイゼンハワード」
ヴァルド・エインセル。
クロノス評議会執行官。
五十を越えてなお、背筋は真っ直ぐで、
視線には一切の迷いがなかった。
「まだ帽子を被っているとは思わなかった」
「忘れ物が多くてな」
アイゼンはゆっくりと歩み出る。
互いに、銃を構えない。
元同僚。
かつて同じ机を並べ、同じ事件を追った男同士だった。
「君は理解しているはずだ」
ヴァルドが淡々と言う。
「世界は秩序を必要としている。
死の順番を固定しなければ、未来は崩壊する」
アイゼンは足を止める。
「秩序に人は殺せない」
静かな声だった。
だが、否定は揺るがない。
ヴァルドはわずかに眉を動かした。
「君は優しすぎた。それだけだ」
その瞬間。
――銃声。
同時だった。
魔導弾が空間を切り裂き、
床の紋様が爆ぜる。
ヴァルドの狙撃は正確無比。
未来確率を演算し、
“当たる軌道”しか選ばない。
だが――
アイゼンは、そこにいない。
弾丸が着弾するより先に、
彼はすでに一歩ずれていた。
「相変わらずだな」
ヴァルドは感情を動かさない。
「無駄弾がない」
「老眼でな。数は撃てん」
アイゼンの返しと同時に、二発。
一発目は、照明管を破壊。
視界が一瞬暗転する。
二発目は、
ヴァルドの足元、魔導陣の結節点。
爆ぜた衝撃で、ヴァルドの体勢が崩れる。
三発目。
肩を掠める。
致命傷ではない。
だが、“外す意味がない場所”だった。
「……なるほど」
ヴァルドは自分の肩を見る。
「君は未来を読まない」
「読まんさ」
アイゼンは銃を下げない。
「人は、今で動く」
再び、銃声。
壁が抉れ、
床が裂け、
空間が軋む。
ヴァルドは後退しながらも、
正確に反撃を続ける。
だが、弾は当たらない。
アイゼンは一発も無駄にしない。
撃つたびに、
“意味”を刻んでいく。
最後の一発。
ヴァルドの銃を弾き飛ばす。
金属音が、虚しく転がった。
沈黙。
ヴァルドは、敗北を認めるでもなく、
ただ淡々と口を開く。
「止めても、世界は変わらない」
「変わるさ」
アイゼンは銃を収める。
「選べるようになる」
二人は視線を交わす。
かつて同じ未来を信じていた男同士として。
背を向けるアイゼンの背中に、
ヴァルドの声がかかる。
「君は、最後まで損な役回りだ」
「慣れている」
それだけ答えて、
アイゼンは中枢の奥へと歩き出した。
秩序の心臓は、
もうすぐそこだった。




