第2話 管理都市への潜入
管理都市は、異様なほど静かだった。
人はいる。
建物も灯りも、規則正しく並んでいる。
それなのに――音がない。
足音が吸い込まれ、
声は出す前から抑え込まれる。
まるで街そのものが、息を殺しているようだった。
「……気持ち悪い」
ルアーナが小声で呟く。
「誰も、未来を心配してない顔だ」
リュカは何も言わず、周囲を見回していた。
視線の先、屋根の影が一瞬だけ揺れる。
次の瞬間。
カチリ。
規則正しい金属音が、背後から響いた。
「来たぞ」
アイゼンの声は低く、迷いがない。
クロックガード。
運命干渉装置〈クロノ・ロック〉を守るためだけに存在する警備兵。
顔は仮面で覆われ、感情の気配はない。
銃声。
魔力弾が壁を抉る。
「散開!」
アイゼンの指示と同時に、三人は動いた。
逃走。
反転。
牽制射撃。
路地を抜け、階段を駆け上がり、
再び狭い通路へ飛び込む。
判断は早く、正確だった。
どの道を捨て、どこを通るか。
一瞬で決め、仲間を生かす。
だが――
「……っ」
アイゼンの呼吸が、わずかに乱れる。
膝が、軋む。
視界の端が暗くなる。
自分でも分かっていた。
限界は、近い。
それでも足は止めない。
やがて、一行は廃棄区画の影に身を潜めた。
追跡の気配が、遠ざかる。
沈黙。
アイゼンは、静かにバッグを下ろした。
「少しだけ、待て」
そう言って、誰にも見せないように背を向ける。
中から取り出したのは、古いノートだった。
書き込みだらけの、彼自身の思考の軌跡。
アイゼンはそれを、ルアーナに差し出す。
「……え?」
「続きを書けるのは若者の特権だ」
軽い口調だったが、視線は真剣だった。
ルアーナは、何か言い返そうとして――
結局、ノートを強く抱きしめる。
次にアイゼンは、リュカの前に屈んだ。
小さな護符を、そっと手渡す。
「怖いときは、逃げろ」
「……いいの?」
「ああ。生き延びる才能は、無駄にするな」
リュカは護符を握りしめ、黙って頷いた。
最後に、アイゼンは振り返る。
影の上に、いつの間にかレイヴが立っていた。
相変わらず、楽しそうな顔で。
「最後まで付き合え」
それだけ。
命令でも、頼みでもない。
ただの確認だった。
レイヴは肩を揺らして笑う。
「もちろんさ、相棒」
視線を細め、愉快そうに続ける。
「最後の盗みだろ?」
「イヒヒヒヒ」
管理都市の静寂の中、
その笑い声だけが、妙に生き生きと響いていた。
運命の中枢は、もう近い。




