第1話 予告された終点。標的は“秩序”
荒野を走る魔導列車は、夜明け前の闇を切り裂くように進んでいた。
車輪の下で、乾いた大地が低く唸る。
アイゼンハワードは一人、窓際の席に腰を下ろし、
硝子に映る自分の顔をぼんやりと眺めていた。
深く刻まれた皺。
白くなった髭。
かつて鋭さを誇った瞳には、今もなお光が残っているが、
それが“いつまで保つか”を、本人が一番よく理解している。
老いたな。
そう思うが、別に嫌でもなかった。
そのとき、屋根の上で軽い足音がした。
次の瞬間、窓枠に影が落ちる。
「よう、じいさん」
外側から顔を覗かせたのは、黒衣の青年だった。
不敵な笑みを浮かべ、楽しそうに目を細める。
「顔がいいねぇ。死ぬ顔だ、イヒヒヒヒ」
アイゼンはため息ひとつで返す。
「失礼な奴だ。朝の挨拶くらい、もう少し品よくできんのか」
「無理無理。職業病だよ」
青年、死神レイヴは肩をすくめ、
列車の屋根に腰を下ろしたまま、夜明けの地平線を見やった。
アイゼンは、肯定もしなければ否定もしなかった。
ただ、再び窓の外へ視線を戻す。
やがて車内に、足音が二つ近づいてきた。
「確認するよ」
声をかけたのはルアーナだった。
資料の束を抱え、いつになく真剣な表情をしている。
「運命干渉装置〈クロノ・ロック〉。存在は確定。稼働もしてる」
リュカがその横で、小さく息を呑む。
ルアーナは続けた。
「仕組みは単純で、最悪。
人の寿命を数値化して、
“死ぬ順番”を固定することで世界の揺らぎを抑えてる」
アイゼンは目を閉じたまま聞いていた。
「要するにだ」
ルアーナは唇を噛みしめる。
「誰が先に死ぬかを決めることで、
世界を安定させてるってわけ」
リュカの手が、無意識に拳を握る。
「……それ」
小さな声だったが、はっきりと拒絶がこもっていた。
「誰かが“先に消える”って決められてるのは……嫌だ」
その言葉に、車内が一瞬静まり返る。
正しさよりも、
理屈よりも、
ずっと素朴で、逃げ場のない感情。
アイゼンは、ゆっくりと目を開いた。
「そうだな」
それだけ言って、彼は帽子を目深にかぶり直す。
列車は走り続ける。
止まることなく、迷うことなく。
まるで
すでに終点が決まっているかのように。
屋根の上で、レイヴが楽しそうに笑った。
「さあて。
秩序相手に、どんな盗みを見せてくれるのかな」
「楽しみだねぇ、イヒヒヒヒ」
夜明けは、まだ遠い。




