第9話 鬼の涙、先生のキス
卒業試験当日。
魔界医療看護専門学校・実技棟。
かつて怒号と悲鳴が響いたこの場所に、今日は異様な静けさがあった。
さっちゃん先生は、腕を組んで立っている。
「……始めなさい」
声は低いが、どこか柔らかい。
最初に前へ出たのは、オニグレン。
筋肉全振りの巨体が、今日は妙に緊張している。
力制御用の魔力結晶を両手で包み、
レスキュー用の過剰出力を抑える試験。
測定器が静かに光る。
《安定率:97%》
オニグレン
「……で、できました……!」
さっちゃん
「……壊してない」
オニグレン
「はい!! 一個も!!」
さっちゃん
「……合格」
オニグレン
「うおおおおお!!」
(粉砕しないだけで感動する日が来るとは……)
さっちゃん、内心で震える。
次に前へ出たのは、ミミ=パルト。
小柄な体で、患者役のゴーレムの前に立つ。
目を閉じ、そっと触れる。
ミミ
「……怖いよね。でも大丈夫」
感情を読む魔力が、静かに流れ込む。
ゴーレム
《……不安、軽減》
ミミの手は震えない。
処置は正確、包帯は美しい。
さっちゃん
「……名看護ね」
ミミ
「……っ!」
(先生に……褒められた……!)
最後に呼ばれたのは、焔丸。
クラス委員長。
いつも背筋を伸ばしていた彼が、今日は少しだけ俯いている。
焔丸
「……俺はずっと、
正しくやることしか考えてきませんでした」
エリオットが静かに見守る中、
焔丸は患者に向き直る。
焔丸
「でも……
それだけじゃ、人は救えないって……
先生に教わりました」
炎属性を抑え込んだ、丁寧で慎重な治癒。
一切の焦げも、過剰熱もない。
さっちゃん
「……」
沈黙のあと。
「……合格」
焔丸
「……はい!!」
目に溜まった涙を、必死にこらえながら。
魔界式典ホール
卒業証書授与が終わった、その時――
照明が落ちる。
スクリーンが起動。
《さっちゃん先生ありがとうムービー》
ユミカ
「え、これ……?」
映像には、
怒られた日。
泣いた日。
走り回る小さな背中。
誰よりも前に立つ鬼教師。
生徒たちの声が重なる。
「怖かったけど」
「厳しかったけど」
「一番、信じてくれた」
最後のメッセージ。
『私たちの先生でいてくれて、ありがとう』
さっちゃん
「……ちょ……ま……」
涙。
鼻水。
完全決壊。
さっちゃん
「ぐすっ……
なんで卒業式で……
こんなの……」
プリム
「鬼なのに鼻水すごいですね」
さっちゃん
「うるさい!!」
式後・校舎裏
夕焼け。
エリオットが、そっと声をかける。
エリオット
「……改めて言います」
一拍置いて。
「あなたが好きです。
教師としても、
一人の女性としても」
さっちゃん
「……っ」
角が小刻みに震える。
450年分の経験が、役に立たない。
さっちゃん
「……私……
不器用で……
厳しくて……」
エリオット
「それでも」
一歩、近づく。
その瞬間――
さっちゃんは目をぎゅっと閉じて。
ちょん。
震える唇で、
エリオットの頬に軽くキス。
「……これが……限界です……」
「「「うおおおおおおおお!!!」」」
全員、見てた。
オニグレン
「先生、やるじゃん!!」
ユミカ
「尊い……!」
雷士
「心電図、跳ね上がってます!!」
さっちゃん
「なっ……!?
見てたの!?」
顔、真っ赤。
角から湯気。
エリオット
(……魔界、最高)
鬼の涙は、
人を育てた証だった。
先生のキスは、
新しい物語の始まりだった。
【教師】
エリオット
人間界から来た新任教師
黒髪、眼鏡、白衣が似合いすぎる清潔感男子
身長178cm、やや細身
表情は柔らかいが、目元だけは医者の鋭さがある
【生徒たち】
焔丸
クラス委員長。炎属性の治癒術師。
真面目すぎて融通が利かないが、芯のある優しさが見える。
さっちゃんに憧れている初心者ファン。
ユミカ=スノーリーフ
氷属性の癒術士見習い。
見た目はクールだが中身はロマンチスト。
蒼井教授を見るたびにぽーっとしてしまう。
女子の中で“一番恋に早いタイプ”。
オニグレン
筋肉全振りのレスキュー担当志望。
力はあるが頭脳はゼロ。
「笑う救急車」と呼ばれている。
重症患者にも笑顔で対応できるのが長所。
カグヤ=ナースロッド
器用で優秀な現実主義者。
心霊や恋愛には興味ゼロ。
最もさっちゃんに似ていると言われる才女。
ミミ=パルト
小柄な獣人族の少女。
感情が強い患者の感情を読み取り、傷を癒す特技を持つ。
心優しく、クラスのマスコット的存在。
雷士
電撃治癒師志望の少年。
スピードと判断力に長けるが短気。
ユミカに片想いしているが、全く気づかれていない。
ジゾー丸(地蔵族)
動かない。
ほぼ喋らない。
でも誰よりも洞察力が鋭く、たまに核心をつく一言を言う。
プリム=ハートナー
“恋愛療法”専門家志望の少女。
患者に恋をさせて治す特殊能力の持ち主。
恋愛のプロとしてさっちゃんを指導しようとするが毎回怒られる。
バオ=クトゥルフ
異形の種族。見た目は怖いが性格は天使。
包帯交換が異常に上手い。
小児科志望。
キリサメ兄妹(双子)
息ぴったりの双子の治癒士。
実習では常に連携し、トラブル時に強い。
ただし兄妹ゲンカが多く、患者の前で言い争うことも。




