第九話 ラストトリガーは引かれるのか、引かれないのか
「ラスト・トリガーは……
撃つ者の“記憶”を代償にする」
記憶が消える。
存在が白紙になる。
“その人が生きた証”ごと消滅する。
ルアーナが魔導科学器を叩きながら叫ぶ。
ルアーナ
「魔方陣の逆流はできる!
でも中心に人が入らないと魔力が制御できない!!
——死ぬ気で突っ込む必要がある!」
裂け目から吹き出す死者の霊圧を押さえ込みながら、
レイヴが狂ったように笑う。
レイヴ
「死界のど真ん中に飛び込む勇者、か……イヒヒヒ!
誰がやる?」
そして、そのときだった。
「その役目……私が引き受けるわ」
闇の中から、
白いコートを翻して リュシア が現れた。
ルアーナ
「リュシア!? なんでここに!!」
リュシアは、アイゼンを見ない。
ただ、ラストトリガーを見据えていた。
リュシア
「アイゼン……あなたには、もう失ってほしくない人がいるでしょう?」
アイゼン
「お前……何をするつもりだ」
リュシア
「“最後よ”と言ったでしょう。
今度こそ、本当に最後なの」
シオンが引き金へ指を伸ばす。
「来るなぁッ!!」
魔力の刃がアイゼンを襲う。
しかし彼は全てを掻い潜る。
アイゼン
「力で奪い返すだけでは、魂は戻らん。
——生きて選び続ける者だけが、繋がれるんだ」
赤い月光が脈動し、世界が震える。
シオン
「黙れッ!!
俺は……俺はもう誰も失いたくないんだ!!!」
そして、シオンの指が
ラストトリガーの引き金に触れた。
その瞬間。
リュシアが横から飛び込み、シオンの腕を掴む。
リュシア
「引かせないわッ!!」
シオン
「何!? お前は——!」
リュシア
「その引き金は…… 私が“撃つ”ために盗んだのよッ!!」
アイゼン
「リュシア、やめろ!!」
リュシアが微笑む。
あの夜のように、儚く、優しく。
リュシア
「……最後よ、アイゼン」
引き金が——
カチリ、と音を立てた。
魔方陣が暴走し、世界が轟音で裂ける。
光が空を埋め尽くし、
死者の扉が完全に開こうとした瞬間——
アイゼンが中心へ飛び込み、
ラストトリガーを逆流させた。
爆音。
白光。
沈黙。
ラストトリガーは砕け散った。
扉は閉ざされ、赤い月は色を失っていく。
リュシアの姿は——光の中に溶けていた。
アイゼン
「……馬鹿な女だ」
その顔は、
怒りでも、悲しみでもなく、
ただ深い喪失に染まっていた。
シオンの仮面が割れ、涙が落ちる。
シオン
「俺の……せいで……」
リュカが兄の手を握る。
リュカ
「兄さん、生きて……償おう。一緒に……」
赤い月が沈み、夜が静かに戻る。
そして、世界を揺るがした戦いは静寂の中で幕を閉じた。




