第八話 赤い月に消えるラスト・トリガー
月が、赤く染まった。
世界の裏社会ではこう言う。
血の月の夜にだけ起動する、伝説の暗殺兵器
《ラスト・トリガー》。
その起動キーを奪い去ったのは、
アイゼンのかつての相棒――女スパイ リュシア。
あの夜。
赤い光に照らされた彼女は震えていた。
「……これが最後よ、アイゼン」
怯えと覚悟が絡み合ったような、
あの奇妙な瞳のまま、彼女は闇へ溶けていった。
追うアイゼン。
そして世界中の諜報機関が、同時にアイゼンを追い始めた。
行き着く先は、永遠に赤い月が沈まぬ魔都
“ルージュ=ナイト”。
カジノ。
超高層ホテル。
屋上プール。
地下オークション。
きらびやかなネオンの裏で、
世界を呪うような罠が静かに口を開いていた。
そして
死んだはずの男、モーガン将軍が現れた。
「ラスト・トリガーはな……
撃つ者の“記憶”を対価にする」
記憶が抜け落ちる。
人生が消える。
存在そのものが空白に変わる。
そんな兵器を起動させようとする者が、
いま儀式場に立っている。
赤い月が最高潮に達した瞬間。
アグラディア上空で巨大な魔方陣が点灯した。
渦巻く赤光、柱のように伸びる魔力――
死者の扉が開こうとしていた。
その中心に立つ影。
仮面の術師スカー……
その正体は、リュカの失われた兄 シオン。
彼の手には暴走を始めた《ラスト・トリガー》。
シオン
「家族の魂を取り戻す……
そのためなら、この身がどうなろうと構わない!!」
リュカ
「兄さん、違う!!
そんな形で戻ってきても……誰も幸せにならない!!」
ルアーナが魔導科学器を叩きながら叫ぶ。
ルアーナ
「魔方陣が扉と共鳴してる!
逆流させれば閉じられるけど……
中心に入って魔力を浴びる必要がある!」
死神レイヴは裂け目から吹き出す霊圧を押さえ込みつつ笑う。
レイヴ
「要するに“死界の真ん中に突っ込む”役がいるわけだ。
イヒヒ……狂った祭りだな」
アイゼンは、それを聞いた瞬間
ふっと微笑んだ。
アイゼン
「若いの。
老人にしかできん仕事もある」
ルアーナ
「はぁ!? 何その死亡フラグ全開のセリフ!!」
リュカ
「アイゼンさん、行かないで!!」
レイヴ
「やれやれ……
こういう時は止めても無駄な顔してるな、アンタ」
アイゼン
「心配するな。
……まだ死ぬ気はない」
ゆっくりと赤い光へ歩き出す。
破滅に向かうように見えて――
しかしその歩みは、なぜかとても穏やかだった。
シオン
「来るなぁぁぁッ!!」
魔力の刃が何本も飛ぶ。
だがアイゼンはすべてを無傷でかわし、
まっすぐに儀式の中心へと歩き続ける。
アイゼン
「シオン。
家族の魂は“力で奪い返す”ものじゃない。
生きて背負い、悩み、選び続けることで繋がるんだ」
赤い月光が激しく脈動した。
シオン
「黙れ!! 俺は……俺はもう、誰も失いたくないんだ!!」




