第一話 赤い月の前兆
世界中の空が、突然、赤く染まりはじめた。
アグラディア中央街区では、
魔力暴走が連続発生し、
ビルの窓がひとりでに割れ、街灯が逆回転し、
浮遊バスが空中で泣きわめいている。
そんなパニックのただ中
アイゼンハワード
“休職生活” を満喫していた老人は、
魔導局からの電話にうんざり顔で出る。
「……わしは、もう働かんと言ったじゃろうが。
年金生活を邪魔するのは犯罪じゃぞ?」
電話の向こうから泣きつく声。
『アイゼン殿! 世界的危機であります!』
「ほう? それならなおさら、わしの休日を守るべきじゃな」
そう言いながらも、
靴を履きはじめているあたりがこの男の面倒くささであり、
優しさでもあった。
ルアーナ
白衣を翻しながら飛び込んでくる。
「先生!! やっぱり出動するのね!」
「……何故そう思う」
「靴履いてるじゃない!!」
図星である。
ルアーナは端末を叩きながら眉をひそめた。
「赤い月……あれ、自然現象じゃないわ。
誰かが月そのものに 干渉してる!
この魔力振動、意図的なものよ!」
リュカ
その後ろからおずおずと顔を出す。
「せ、先生……研究所から“同行命令”が来て……
ぼ、僕も一緒に行くみたいです……」
「ふん。危険かどうかはわからん。
だが“わからん時ほど危険”じゃよ」
リュカは青ざめたが、
それでも逃げないのが彼の強さだった。
そして、死神レイヴ
電柱の上、赤い月を見上げながらひらひらと手を振る。
「おやおや〜〜?
また世界が面白い顔になってるねぇ……
アイゼン、お前さんの厄介事は相変わらずだなイヒヒヒヒ」
「レイヴ、お主は厄介事を楽しみすぎなんじゃ」
「そりゃあ死神だからねぇ。
この “赤い月”……
どうやら誰かが 運命をいじくってる 気配がするよ。
イヒヒヒヒヒ」
レイヴは赤い月に指を向けた。
「やるねぇ……
こんな規模で空を書き換えるなんて、
普通の悪党にはまず無理だよイヒヒヒヒ」
一行は歩きだす
赤い月の真下を、
老魔導捜査官と
天才少女と
震える少年と
楽しそうな死神が歩きはじめる。
事件の匂いはもう十分すぎるほどする。
ルアーナ
「先生、どこへ行くの?」
アイゼン
「決まっとる。 “赤い月の発信源”じゃ」
レイヴ
「血の匂いがするねぇ〜イヒヒヒヒ」
リュカ
「ぼ、ぼく……無事で帰れますよね……?」
アイゼン
「さぁな」
赤い月は、不幸の前兆なのか?
それとも
誰かが起こした“計画”なのか?
老魔導捜査官と若き弟子二人、
そして死神が歩き出す。
赤い月は誰も祝福しない光を放ち続けていた。




