第5話 アイゼンとエリシア、永遠の研究棟
北方の荒野に、黒い塔が一本だけ突き刺さっている。
《オルド=アーカイブ》。
アイゼンとエリシアが青春と狂気を捧げた研究塔だ。
霧が薄く漂い、塔の影が揺れる。
「よう、だいぶ古びてんな。まるで“元カノの部屋”に入るみたいな空気だぜ」
リュカの軽口が、妙に響く。
アイゼンは沈黙したまま、扉に触れた。
錆びた扉は、まるで長い眠りから目を覚ましたように、ぎぃ…と開く。
廃研究棟の内部へ
散乱する紙束、半壊した魔導設備、焦げた床。
しかしどれも“燃えていない”。
「無音の炎……“音のない火災”だ」
ルアーナが空気を読み取り、眉をひそめる。
塔の奥へ進むほど、空気は冷えていく。
ときおり、二人の若き日の写真が落ちていた。
・白衣のエリシア
・横で不器用に照れるアイゼン
・研究資料を抱えた楽しげな二人
ルアーナは写真を拾い上げ、そっと微笑んだ。
「こんな表情できたのね」
アイゼンは返事をしない。
ただ、かすかに唇が震える。
研究室の最奥。
壊れかけた魔導端末が、ひとつだけ光を放っていた。
ルアーナが解析すると、映像が浮かび上がる。
そこに映っていたのは、過去のエリシアだった。
「アイゼン、もしこれを見ているなら――
私はやっぱり、あなたのことが……」
映像は揺れ、ノイズで途切れる。
「“無音の炎”は失敗だった。
記憶を守るはずの術式が、街から記憶を奪ってしまった。
もし再び起きたら…アイゼン、あなたが止めて」
そして最後に、彼女は微笑んだ。
「私は、あなたの未来を信じている」
映像はそこで止まった。
重い沈黙が流れた。
ルアーナはそっと彼の横顔を見つめる。
「あなたはまだ、エリシアを愛しているのね」
アイゼンは答えない。
だが、肩が震えている。
すると、塔全体がわずかに震えた。
天井の残骸が落ち、レイヴが舌打ちする。
「……来るぞ。ヴァルガの“記憶燃焼術”の残滓だ」
黒い炎が塔の奥から現れ、低く唸るように広がっていく。
アイゼンは一歩前に出る。
「エリシア…お前の真実を、必ず取り戻す」
その声は、“炎を恐れない男”の声だった。




