エピローグ キャサリーの“本当の願い”
『哀愁のハモンドは鳴り止まない』
港町レムノンの夜が、ようやく明けようとしていた。
事件の中心となったジャズバー「ハモンド・クラブ」は、
長い悪夢から解き放たれたように、静かに息をついていた。
壊れたハモンドオルガンは、
もう二度と勝手に鳴ることはないはずだった。
しかし。
夜明け直前。
誰もいないステージで、
一度だけ、あの旋律が流れた。
キャサリーの“愛の旋律”。
アイゼンが、彼女にだけ見せた無邪気な顔。
彼女が、アイゼンにだけ聴かせた優しい音。
その音が、
まるで最後のキスのようにスッと空気に溶けていく。
アイゼンは、
静かにオルガンへ手を触れた。
「……分かってる。
俺はまだ終われねぇんだろ?」
指先が震えていた。
それを涙と呼ぶかどうかは、彼自身の問題だった。
リュカが心配そうに覗き込む。
「アイゼン……泣いてるの?」
すると、
アイゼンはいつもの不器用な怒鳴り声で返す。
「泣いてねぇって言ってんだろ……」
でも、その声は少し低く、
ほんの少しだけ、温かかった。
レイヴはステージの端に寄りかかり、薄く微笑む。
「キャサリー……
あんたの願いは、この老いぼれが背負うってさ」
アイゼンはその言葉に返事をしない。
返事なんかしたら、本当に泣いてしまうから。
代わりに
彼は、そっと目を閉じた。
キャサリーが残した“音の残響”が、
まだ胸の内で震えていた。
ルアーナは、明るい声で言う。
「じゃあ、次の旅に出ましょう。“彼女の音”を連れて」
リュカも拳を握って頷く。
「うん……キャサリーさんが残した“答え”を、
俺たちがちゃんと未来につなげなきゃ……」
アイゼンは、深く息を吸い込むと、
ゆっくり歩き出した。
レイヴが呟く。
「ほら、老いぼれ。
朝日は待ってくれないぞ」
港町に朝日が差し込む。
赤い光が海面を染め、
潮騒がどこか懐かしい合図のように聴こえる。
そしてそのとき、
風に揺れたウインドチャイムが
カラン
ほんの少しだけ、
キャサリーの旋律に似た音で鳴った。
アイゼンが小さく笑う。
「……ああ。
分かったよ。
行くさ。
“お前が愛した世界”を、守るためにな」
その声に、
誰も何も返さなかった。
返す必要がなかった。
ハモンドの哀愁の音は
もう悲しみではなく、
新しい旅の始まりの音だった。**
そして物語は終わる。
しかし彼らの旅は、まだ終わらない。
「アイゼンハワード最後の旅7 ― 哀愁のハモンドは鳴り止まない」
ーTHE ENDー




