第2話 彼女の部屋に残った3つの違和感
キャサリーの部屋は、港から吹く湿った風が薄く漂っていた。
古い木枠の窓、壁に掛けられた色褪せたレコードジャケット。
彼女のセンスが滲むはずの部屋は、妙に“止まって”いた。
ルアーナが真っ先に動く。
白衣の裾を揺らしながら、テーブルの上のマグカップを覗き込んだ。
「……甘すぎる。アイゼン、キャサリーさん、こんな味つけしないよね?」
マグの中には、砂糖を溶かしすぎて底にザラつきが残るほどのコーヒー。
生前の彼女が“絶対に飲まなかった味”だ。
リュカは部屋の端でしゃがみ込み、指先で紙片を拾い上げる。
破れた楽譜の一部―わずかに残る書き込みは、
キャサリー特有の細く丁寧な譜面とは明らかに違う。
「誰かが……怒って破ったみたいだね。力任せに」
死神レイヴは窓の前で片足ずつ靴音を鳴らし、片方だけ残された赤いハイヒールをつまむ。
「ふーん……片方だけってのは、やたら意味深だよ。
逃げたか、追われたか、あるいは置いていったかイヒヒヒヒ」
死神レイヴは微笑しながらも、その瞳だけは鋭く光っていた。
ルアーナが振り返る。
「他殺の匂いがする……アイゼン、これは明らかに変よ」
アイゼンハワードは、部屋の中央でじっと佇んでいた。
肩越しに吹き込む潮風すら、彼の表情を動かせない。
ルアーナは部屋を一巡しただけで眉をひそめる。
① テーブルの上のカップには、舐めるように甘いコーヒーが残っていた。
キャサリーは“苦い派”だったはずだ。
② ピアノ椅子の下には、破れた楽譜の切れ端。
曲名は判別できず、ただ「♯」の書き方だけが妙に力強い。
③ 窓辺には、赤いハイヒールが片方だけ置かれている。
まるで急いで逃げたか、あるいは誰かが持ち去ったかのように。
ルアーナが小さく息を呑む。
「他殺の匂いがする……アイゼン、これは明らかに変よ」
アイゼンハワードは無言で室内を見渡し、
手袋越しにカップの縁をそっとなぞった。
彼は静かに、まるで自分に言い聞かせるように呟く。
「……まだ足りない」
その声は低く、しかし確信に満ちていた。
「彼女はいつも、俺の鈍さを見抜いていた。
なら必ず“手がかり”を残すはずだ。
これは、ただの不自然な部屋じゃない。あいつの遺言だ」
潮の匂いとともに、沈黙が落ちる。
四人は同時に察した。
ここにあるのは“違和感”ではなく導きだと。




