第5話 幽霊船の晩餐
海霧が町を覆う夜。
港の船頭たちは青ざめながら桟橋を指さして震えていた。
「で、出たんだよ……! 幽霊船が……!」
「港から船を出せねぇ! 商売あがったりだ!」
「助けてくれよ、アイゼンのじいさん!」
アイゼンハワードは、湯呑み茶をすする手を止め、港へ目を向けた。
ギィィィ……ギギギ……
波間に、朽ち果てた帆船が浮かんでいた。
青白い灯火がぼんやり揺れて、まるで船全体が「呼んでいる」。
少年は震え、シャルロットは逆に目を輝かせた。
「お宝の匂いがするわね……!」
「お前のその嗅覚、ほんと泥棒一家の遺伝じゃの」
「褒め言葉として受け取るわ、おじーちゃん」
そこへ背筋が凍るような声。
「フフフ……幽霊船ですか……ねぇおじいさん……そろそろ死ねたりしません? イヒヒヒヒ」
死神が港の杭に座り、足をブラブラ揺らしていた。
「ワシはまだ死なん」
「ええぇぇぇ〜〜……? イヒヒ……残念ですねぇ」
幽霊船、いざ乗船
4人は小舟で幽霊船へ近づく。
近づくほどに、不気味なざわめきが響く。
「ひぃっ、なんか聞こえる……!」
「落ち着け少年。あれは――宴会の音じゃ」
ガラガラッ!
蓋を開けた瞬間、目の前の光景に全員が固まった。
船内いっぱいに、死んだはずの幽霊たちが晩餐会をしていた。
鍋の火は青い炎、お酒は宙に浮いたまま回し飲み、
骨の男が骨の魚を焼いたり、亡霊が宙椅子に座って騒いでいる。
シャルロット「なにこれ最高じゃない!!」
少年「こ、こいつら生きてないよね!?」
死神「ふふふ……呼吸してないですねぇ……イヒヒヒヒ」
幽霊たちは一斉に振り向き、老魔族たちを睨んだ。
「貴様ら、生者か……?」
「ここは死者だけの晩餐会……」
「帰れ……帰れ……帰れぇぇぇ――!」
船がギシギシと揺れはじめる。
波が騒ぎ、灯火が青白く燃えあがる。
少年「ひぃぃぃぃ!!」
シャルロット「ちょ、ちょっとヤバい空気!」
死神「わぁ……これは死ねますよおじいさん……イヒヒヒヒ!」
アイゼンハワードが一歩前に出た。
アイゼンは杖で床を「コンッ」と叩き、深呼吸した。
「おまえら、そんな陰気な雰囲気で晩餐とは……せっかくの死後の宴じゃろうが!」
幽霊たち「……?」
アイゼンは突然――
コミカルなダンスを踊り始めた。
シャルロット「えっ!?アイゼン踊るの!?」
少年「それ……ダサ……いや、味がある……?」
死神「イヒヒヒヒヒ!!お爺さんそれ死ぬほどおもろい!!」
幽霊たちはポカンとしたあと――
「ブハッ!!」「なんじゃそれ!!」と次々に笑い出した。
船全体の怨気が霧のように溶ける。
幽霊A「はっはっは!腹がよじれるわ!」
幽霊B「この船でこんなに笑ったのは久しぶりだ!」
幽霊船長「おぬし、名は何という!」
「……老魔族のアイゼンハワードじゃ。死に場所を探して旅をしとる」
「気に入った! 生者よ、宴に参加せい!!」
死神はちゃっかり椅子に座り、
霊界酒を持ってニタニタしていた。
「イヒヒ……生者のクセに、あんた本当に死なないねぇ……
ま、今日は祝杯といきましょうか……」
幽霊たちと死神が一斉に杯を掲げる。
「乾杯――!!」
「イヒヒヒヒヒ!!」
シャルロットも飲み物を掴む。
「ねぇ、この酒……空中浮いてるんだけど」
「文句言うな。幽霊のもてなしじゃ」
「わーってるわよおじーちゃん!」
少年は青い炎のスープをすすり、
「あれ、これ意外と美味しい……?」と驚く。
そして幽霊船は静かに潮へ流れ出す。
宴が終わり、幽霊船が海へ滑りだす。
船長が振り返り、深く一礼した。
「ありがとう、生者よ……地縛から解き放たれた。
またどこかの夜で会おう」
青白い光が海に溶け、
幽霊船は音もなく消えた。
港町の霧も晴れ、船が再び動き始める。
少年「なんか……不思議な夜だったなぁ」
シャルロット「お宝はなかったけど、ま、良しとするか」
死神「イヒヒヒ……いい晩餐でしたねぇ……」
アイゼンは海を見つめ、呟いた。
「死者の宴か……
ワシがそっち側に行くのは、まだ先みたいやのう」
死神は背後で肩を揺らしながら笑う。
「えぇぇぇ、まだ死なないんですかぁぁぁ……イヒヒヒヒヒヒ!!」




