第三話 消えた女優

早川莉奈が、姿を消した。

そのニュースは、午前9時、ワイドショーの速報テロップで流れた。

「人気女優・早川莉奈さん（26）、消息不明。自宅には異常なし、携帯と車が残されたまま」

たったそれだけの情報だったが、ネットはすぐに燃え上がった。

SNSでは、ファンとアンチ、芸能記者、匿名アカウントが入り乱れ、

「失踪？」「自殺？」「口封じ？」「やっぱりスキャンダルか？」と推測が飛び交う。

午前中だけで、彼女の名前はトレンド1位を奪い返した。

皮肉にも、莉奈が最後に主演したドラマのタイトルは「沈黙の花」だった。

彼女の所属事務所「タレントプロダクション高倉」は、昼の記者会見で火消しに奔走した。

高倉社長が深々と頭を下げる。

だが、その口調にはどこか“用意された悲しみ”が漂っていた。

「彼女は体調を崩しており、療養中です。皆さま、憶測での発言はお控えください」

会見の背後で、カメラマンたちのシャッター音が絶え間なく鳴る。

中には、莉奈と複数の男性との“親密写真”を掴んでいた週刊誌の記者もいた。

一方、芸能関係者たちは口を閉ざした。

マネージャーの田所勇人は、記者の問いに答えずに涙を流し、

同僚の松田拓也は「連絡は取れない」とだけ言って会場を去った。

夜になっても、莉奈の行方はわからなかった。

スマートフォンはオフラインのまま、

GPSの最後の反応は、港区・六本木の高層マンション前で途絶えている。

その夜、雨が降った。

報道クルーのライトが濡れたアスファルトを照らす。

一瞬、レンズの奥に“何か”が映ったように見えた。

蛍光灯に照らされた影。

それは、人の形をしているのに、どこか“羽”のように見えた。

だが誰も気づかない。

その“影”はゆっくりと、闇の中へと溶けていった。