終章 蛾と蝶
港区の夜景が静かに光を落とす中、カズヤはデスクに向かっていた。
手元には事件で収集した膨大な資料、証言、写真、そして焦げた黒い羽が置かれている。
「すべて……記録しておかないと」
カズヤは静かにタイプ音を響かせながら、事件の全貌を文章にまとめていく。
被害者たちの名前、男たちの操られた経緯、夜露――三女の正体、そして蛾の魔物となった顛末。
すべて匿名で、世界に公開される予定だ。
人々は光に目を奪われるが、裏で暗躍する闇の存在も知ることになる。
それが事件の真実であり、希望と警告を兼ねた記録となる。
カズヤの背後で、アイゼンハワードは紅茶を片手に腰掛け、優雅に微笑んでいた。
「ふむ……人間という生き物は、愚かである。愛を求め、欲を操られ、己の幻想の中で踊る」
その声には、魔族としての冷徹な理性と、わずかな皮肉が混ざっていた。
カズヤはタイプを止め、アル叔父に視線を向ける。
「アル叔父、夜露の正体も、もうまとめました」
アイゼンハワードは紅茶を軽く傾け、唇の端に笑みを浮かべた。
「なるほど。偽名と整形、裏で姉たちを完全に掌握していたわけだ。まさに蛾――闇の化身。蝶のような光を操りつつ、自らは闇に潜む」
その高貴な語り口には、どこかユーモラスな余裕すら漂う。
男たち、三原、黒川、朝比奈、蓮、一ノ瀬――の存在も、もはや過去の影だ。
彼らは愛欲に翻弄され、姉妹に操られた。だが、その愚かさを知った今、少しだけ人間としての覚醒を得た。
カズヤは黒い羽を手に取り、そっと机に置く。
「これが、夜露の残した痕跡か……」
アイゼンハワードは微笑む。
「痕跡とは興味深いものだ。消えようとも、影は必ず残る。光と闇、蝶と蛾。人間はそのどちらにも翻弄される――だが、記録すれば、次に生かすことができる」
カズヤは静かに頷き、画面に目を戻す。
彼の指先は、事件の全貌を記録として世界に刻むため、迷わず動く。
光と闇、愛と欲、計略と愚かさ――すべてを、未来に伝えるために。
港区の夜風が窓を揺らす。
遠くで車の音が響き、街はいつも通りの雑踏に包まれる。
しかしカズヤとアル叔父の視線の先には、人間の愚かさと、魔族の観察眼が交錯する新たな静寂があった。
闇の中で微かに残った羽は、もう誰にも操られることなく、ただ静かに語りかけていた――
「光を追い、闇を知る者の物語は、ここに記録された」
カズヤは黒い羽を見つめ、アイゼンハワードは紅茶を一口含む。
新聞の一面には、美人姉妹の殺害事件の詳細が淡々と報じられる。
「如月姉妹殺人事件、三女の正体は長年の影。整形と偽名で裏で操る」
「男たちは被害者だけではなく、姉妹に翻弄された。愛と欲の悲劇」
テレビや週刊誌も連日特集を組む。
画面の中では麗花と美羽の笑顔、そして夜露の仮面のような姿が交互に映され、人々の視線を引き付ける。
SNSでは匿名で公開された記録が拡散され、ネットの掲示板では「光と闇の姉妹」と題して議論が巻き起こった。
男たちは、自らが操られていた過去を振り返り、ようやく愚かさを理解する。
「俺たちは……ただ踊らされていたんだな」
「でも、これでやっと、自分の足で立てるかもしれない」
街の雑踏はいつも通りに流れ、事件の記憶も徐々に日常の陰に沈む。
しかし、カズヤは知っていた――記録は残り、光と闇の関係は後世に伝わる。
アイゼンハワードは、窓辺に立ち、紅茶を傾けながら静かに笑う。
「見ろ、孫よ。人間はいつだって光に目を奪われ、闇に翻弄される。それでも、記録する者がいれば、少しは救われるものだ」
カズヤは静かに頷き、黒い羽を手のひらでそっと弄る。
羽はもう、夜露のものではなく、事件の証として、未来に語りかけていた。
街の灯りが夜空に溶けていく。
報道は事件を伝え、世間は好奇心と恐怖を交互に抱きながらニュースを消化する。
光と闇、蝶と蛾
その象徴は、永遠に誰かの心の中で舞い続けるのだった。
『カズヤと魔族のおっさんの事件簿:蛾と蝶 美人姉妹殺人事件』
ー完ー




