第八話 闇に舞う魔物
港区の夜空が、黒い羽で覆われた。
風ではない。
それは生きている無数の蛾の羽ばたきが、夜の街を震わせていた。
ビルの明かりが次々に落ち、ネオンが脈打つように点滅する。
その中心で、夜霧がゆっくりと舞い降りた。
かつて夜露と呼ばれた女。
今は、人の形を保ちながらも、瞳の奥は完全に“闇”に染まっている。
「ねぇ、カズヤ。あなたも見えるでしょう? この街の底に渦巻く欲望が」
夜霧の声が風に乗る。
次の瞬間、黒い羽粉が周囲に降り注ぎ、地面に倒れていた男たちが立ち上がった。
三原、黒川、蓮、朝比奈
彼らの目は白く濁り、意思を失っている。
その手には錆びた工具や鉄パイプ。
夜霧の囁きに導かれるように、彼らは一斉にカズヤとアイゼンへ向かってきた。
「操られている……精神を羽粉で侵蝕しているのか!」
アイゼンが拳銃型の装置を構える。
光線が放たれ、空中に散った羽が焼ける。
だが夜霧は笑った。
「人の心ほど脆いものはないのよ、アイゼン。 欲望、嫉妬、憎悪――すべて“闇”の羽化を望んでいる」
夜霧が両腕を広げた瞬間、空が裂けた。
黒い蝶の群れが、まるで夜霧の魂そのもののように舞い上がる。
その蝶の一匹一匹が、苦悶の表情を浮かべている。
それは、かつて彼女に操られ、壊された人々の残響だった。
カズヤは後ずさりしながら、地面に手をついた。
指先に何かが触れる。
それは、焦げた鏡の欠片。
その瞬間、鏡の中に“光”が差した。
「……カズヤ……」
聞こえてきたのは、麗花の声だった。
そして、もう一つ。
「……お願い、彼女を止めて……」
美羽の姿が、淡く現れる。
二人の魂の残響が、夜霧の背後に立っていた。
夜霧が振り返る。
一瞬だけ、その瞳に“人間の涙”が滲んだ。
「……姉さん……?」
だが次の瞬間、闇が爆ぜた。
黒い羽が嵐のように舞い、姉妹の残響を飲み込んでいく。
カズヤは叫んだ。
「夜霧! お前が壊してきたものを、今こそ見ろ!」
闇と光が交錯する中で、夜霧の身体が一瞬だけ人間の姿に戻る。
だがその顔は苦しみに歪んでいた。
「私は……蝶になりたかったの……」
そう呟いた瞬間、夜霧の羽が燃え上がり、港区の夜空に黒い火の粉が散った。
その光景は、まるで闇に舞う蝶の葬送だった。
そして、風が止む。
残されたのは、静まり返った街と――ひとひらの白い羽。
カズヤはそれを拾い、低く呟いた。
「蝶も蛾も、闇を抜けたがっている… 次に飛ぶのは、俺たちの番だ」
アイゼンは無言で頷いた。
港の遠く、黒煙の向こうで、まだ何かが羽ばたいている音がした。
登場人物一覧
姉妹
如月 麗花:27歳/モデル・インフルエンサー(感電死)
如月 美羽:25歳/モデル・SNSインフルエンサー(絞殺?)
如月 夜露(きさらぎ よつゆ):23歳/姉たちへの愛情と憎悪が混在しており、「光を独占するには、自ら闇になるしかない」と語る。
姉妹に関わる男性たち
三原 聡:30歳/会社員(商社勤務)
黒川 颯:28歳/IT企業勤務
朝比奈 透:26歳/フリーライター
蓮 京介:24歳/大学生(経済学部)
一ノ瀬 大地:29歳/サラリーマン(広告代理店勤務)
警察・マスコミ関係者
佐伯 翔:40歳/警視庁刑事
藤堂 翼:35歳/警視庁刑事
高橋 梨花:33歳/テレビ局記者
村田 悠人:38歳/週刊誌記者




