第四話 蝶の墓標
都心の雨は静かに降っていた。
しめったアスファルトに、街灯の光がぼんやりと滲む。
夜更けの取調室で、カズヤは一人、記録ファイルを閉じた。
その指先には、重い沈黙がまとわりついていた。
如月麗花の感電死、美羽の絞殺
そして、姿を見せぬ三女・夜露。
カズヤの脳裏には、あるひとつの形が浮かび上がっていた。
それは、闇の中で羽を広げる“蛾の紋。
最初の聴取は、三原聡だった。
彼は企業戦略部のエリート。だが、その眼差しはどこか虚ろだった。
「俺は……ただ、麗花に投資してただけです。
彼女は“ブランド”になるって……そう言ったんです」
机の上に置かれた契約書。
その裏には、美羽の署名と、もうひとつ“如月プロジェクト”の印。
そして、管理者名には「K・Y」のイニシャルがあった。
「K・Y……夜露、か。」
カズヤはその文字を見つめ、静かに呟いた。
二人目は、黒川颯。
彼はIT企業の幹部であり、SNS運営の裏を熟知する男。
「夜露? 見たことはない。でも、声は聞いた。
深夜に電話がかかってきて、指示だけが届く。
“フォロワーを増やせ”“ハッシュタグを操作しろ”ってな。
あの姉妹は、炎上さえもシナリオ通りにやってたんだ」
黒川の証言が、事件の闇をさらに深くした。
麗花と美羽の死は、単なる情死や怨恨ではない“演出”されていた可能性。
「僕は……利用されたんです。」
蓮 京介の声は震えていた。
彼はまだ学生で、夜露の写真集の裏方スタッフをしていた。
「夜露さんは、僕にこう言ったんです。
“蝶が死ぬとき、美しさが完全になる”って……
怖かった。でも、惹かれてしまったんです」
机に置かれたUSBには、撮影データの残骸。
そこには、麗花が亡くなる前夜に撮られた“謎の黒いドレス姿”が映っていた。
背後の鏡には、もう一人の女の影が、ぼんやりと写り込んでいる。
朝比奈透は苦笑いを浮かべた。
「俺は取材のために近づいたつもりだった。
けど気づいたら、俺の原稿も、ペンも、心も、全部あの姉妹に支配されてた。
あの末妹……まるで人の感情の構造を“計算”してるみたいだったよ」
一ノ瀬大地も、煙草をもてあそびながら語った。
「夜露に会った? あるよ。
ただ……顔は思い出せないんだ。不思議だろ?」
誰もが彼女を知り、
誰もが彼女を“知らない”。
夜露という存在は、形を持たぬ亡霊のようだった。
だが、全員の証言が一つの線に収束する。
・麗花、美羽の活動を裏から指示していたのは夜露
・炎上、話題、恋愛スキャンダルすら“計画的”
・最終的に金とデータは夜露の口座に集約
「アル叔父。」
夜のホテルの窓辺で、カズヤが呟く。
外はまだ雨が降り続いていた。
「夜露は姉たちを殺した……そう考えていいんですよね。」
琥珀色のグラスを傾けながら、アイゼンハワードはゆっくりと答える。
「証拠が導くのは確かに彼女だ。
だが、夜露が“本当に存在する”という保証はどこにもない。
この事件、蝶の墓標に刻まれているのは、
“死んだ者たち”ではなく、“まだ生きている影”だ。」
その夜、カズヤは眠れなかった。
夢の中で、黒い蛾が静かに羽を打つ。
そして囁く
「真実を暴く者は、光を失う。」
登場人物一覧
姉妹
如月 麗花:27歳/モデル・インフルエンサー(感電死)
如月 美羽:25歳/モデル・SNSインフルエンサー(絞殺?)
三女:夜露:23歳/正体不明・第三の影として伏線
姉妹に関わる男性たち
三原 聡:30歳/会社員(商社勤務)
黒川 颯:28歳/IT企業勤務
朝比奈 透:26歳/フリーライター
蓮 京介:24歳/大学生(経済学部)
一ノ瀬 大地:29歳/サラリーマン(広告代理店勤務)
警察・マスコミ関係者
佐伯 翔:40歳/警視庁刑事
藤堂 翼:35歳/警視庁刑事
高橋 梨花:33歳/テレビ局記者
村田 悠人:38歳/週刊誌記者




