第三話 光の裏の影
港区の夜は、いつもどこか湿っている。
ネオンが濡れたアスファルトに滲み、光の筋が揺れていた。
その夜、カズヤは一通の匿名メールを受け取った。
差出人は不明。件名にはただ一言。
「三女、夜露」
添付されたファイルには、如月姉妹のマネジメント契約書のコピー、
そして、見慣れない名義の口座履歴。
そこには、亡き麗花や美羽を通じて動いた莫大な“金の流れ”が記されていた。
「……やはり、裏がいたか。」
カズヤは唇を噛んだ。
麗花も美羽も、表向きは“個人で活動するモデル兼インフルエンサー”。
だが、実際には――すべて夜露が背後で操っていたのだ。
彼女は表に出ることを好まなかった。
代わりにSNS投稿の時刻、撮影場所、男性たちとの写真、
それらを“計算された炎上”として利用していた。
話題と同情がフォロワーを生み、フォロワーが金を生んだ。
そしてその金は、夜露の口座を経由して“誰か”のもとへと消えていった。
「蛾は闇に生き、光を模倣する。」
アイゼンハワードが低く呟いた。
バーのカウンターに座り、琥珀色の酒を指先で揺らす。
「蝶は陽の下で賛美されるが、蛾は違う。
闇を熟知し、夜の熱に集まる光を狩る。
――それが、この“三女”の本性だろう。」
「つまり、夜露は姉たちを利用していた?」
カズヤの問いに、アル叔父は静かに頷いた。
「利用し、同時に支配していた。
人間の“愛情”とは便利な言葉だな。
自ら進んで、鎖を首にかけていく。」
その頃、男たちの証言が次々と覆されていた。
三原は「夜露なんて知らない」と語り、
黒川は「撮影現場で一度だけ見た」と曖昧に答えた。
だが、朝比奈の古い取材ノートには、こう走り書きされていた。
「麗花にも、美羽にも、常に“背後にいる声”があった」
蓮は、夜露から送られてきたという暗号めいたLINEを見せた。
「蝶は羽ばたいた。次は蛾の番。」
その日を境に、美羽は殺された。
カズヤは夜露の痕跡を追い、都内の廃ビルへ向かう。
そこはかつて、三姉妹が立ち上げた「個人事務所」の所在地だった。
錆びた表札、暗い階段、焦げた匂い。
壁には、美羽のサインと焦げた蛾の羽が貼りついていた。
「夜露……お前はどこにいる。」
呟くカズヤの背後で、夜風がざわめく。
どこかで女の笑い声が、短くこだました。
アル叔父の言葉が、再びカズヤの耳に残る。
「光の裏に影がある限り、 蛾は必ずそこへ現れる。」
そして、次に狙われる“光”は、
まだこの街のどこかで、無防備に輝いていた。
登場人物一覧
姉妹
如月 麗花:27歳/モデル・インフルエンサー(感電死)
如月 美羽:25歳/モデル・SNSインフルエンサー(絞殺?)
三女:夜露:23歳/正体不明・第三の影として伏線
姉妹に関わる男性たち
三原 聡:30歳/会社員(商社勤務)
黒川 颯:28歳/IT企業勤務
朝比奈 透:26歳/フリーライター
蓮 京介:24歳/大学生(経済学部)
一ノ瀬 大地:29歳/サラリーマン(広告代理店勤務)
警察・マスコミ関係者
佐伯 翔:40歳/警視庁刑事
藤堂 翼:35歳/警視庁刑事
高橋 梨花:33歳/テレビ局記者
村田 悠人:38歳/週刊誌記者




