第1話 黒いラクダの影
夜の砂漠を、乾いた風が吹き抜ける。
ウランバートルから遠く離れた真っ暗な荒野。
星々の下を、二つの影が進んでいた。
「……アル叔父、どこまで歩くんですか?」
カズヤは息を切らせながら問う。
喉の奥に砂が張りつき、息をするたび痛む。
「風が止むまでは、北西に向かう。」
アイゼン・ハワードは叫んだ。
カズヤが“アル叔父”と呼ぶその男は、
年齢不詳の静けさを纏っていた。
深い皺の奥の瞳は、どこか人間離れした光を宿している。
「警察のドローン、まだ追ってきますよ」
「知っている。……奴らは君たち人より、この砂漠の風を信じていない。」
カズヤは苦笑した。
「叔父さんのたとえ話は、いつも難しいですよ」
「そう感じるのは、君がまだ“逃げる理由”を知らないからだ」
ふいに、砂丘の向こうで光が弾けた。
遠くの空で、赤い探照灯が回転している。
警察の特殊部隊が、彼らの痕跡を追っていた。
カズヤは思わず低く呟く。
「なんで俺たちが、爆破犯扱いなんか……」
アイゼンハワードは歩みを止めず、静かに言った。
「誤解というものは、いつも“都合のいい物語”から生まれる。
あの爆発の背後には、もう一つの物語があるのだよ」
「もう一つ……?」
「天然ガスの取引に隠された“触媒輸送”だ。それが兵器転用可能な物質なら爆発は“事故”ではなく“処分”だ。」
カズヤは目を見開いた。
「じゃあ……誰が、そんなことを?」
アル叔父は砂を一握り掬い、風に放った。
「人間の欲という名の砂だよ。企業も国家も、握りしめすぎれば必ず零れる。」
そのとき、風の向こうから鈴の音がした。
ラクダの一団が月明かりの中をゆっくり進んでくる。
黒い衣を纏った遊牧民たち。
その先頭の老人が、二人に低い声で言った。
「お前たち、“追われる者”だな」
アイゼンハワードはモンゴル語で短く答えた。
老人は静かに頷き、二人を荷車の影へと導く。
遠くで砂嵐がうねり、
ドローンのエンジン音が砂を裂くように響いた。
「アル叔父……、これからどうするんです?」
「黒いラクダを追う。」
「は?」
「彼らが“真実の道”を知っている。」
カズヤは乾いた喉で笑い、
「また叔父さんの直感ですか」と言いながらも、
ラクダの隊列の後ろに歩み出した。
夜明けが近づく。
砂丘の稜線が朝日に染まり始める中、
カズヤは思った。
「俺たちは逃げてるんじゃない。
世界のどこかで仕組まれた“嘘”を、暴きに行くんだ。」
そして、風に舞う輸送リストの一枚。
そこに記された名
「三原聡(日本企業技術顧問)」
それが、次なる“黒幕”の影を示していた。




