60.交わる心
目が合えば、瞳に映るのは赤面している相手の顔。アレンは覚悟を決めて体をルーチェに向けると勢いよく頭を下げた。
「ルーチェ嬢ごめん! 急に押しかけてあんなこと言って、俺、焦っちゃって、ルーチェ嬢の気持ちとか無視して、突然……。で、でも、俺本気だから。ルーチェ嬢のことが好きで、一緒にいたくて、俺これからルーチェ嬢に好きになってもらえるように頑張るから、お願い嫌いにだけはならないで!」
ぎゅっと目をつぶって懇願するアレン。その柔らかそうな栗色の頭を見ているルーチェは、飛んできたまっすぐで熱い想いに目を潤ませた。根が水分を吸い上げるように喜びが全身に広がり、くしゃりと笑えば涙が零れる。好きな人に想われることがこれほど幸せだなんて、思ってもみなかった。
「あ、あの、ルーチェ嬢……すごくおこっ、え、泣いてる!? ま、ごめん! そんなに嫌だった!?」
言葉を返さないルーチェに、不安になったアレンが顔を上げれば飛び込んできたのは泣き顔で、表情が凍り付いた。
「ううん、違いますわ」
ルーチェは指先で涙を拭う。アレンの想いに応えたい。生まれたばかりの気持ちだが、それを言葉にしようとすれば、愛しさという形になる。花びらから雫が落ちるように、言葉が零れ落ちた。
「アレン様、お慕いしております」
「へ?」
間の抜けた顔をしているアレンの手を取り、両手で包みこむ。自分でも驚くほど、すんなりと言葉が流れる。
「先ほどのお言葉、とても嬉しかったですわ。私も、アレン様の側にずっといたいです。……婚約のお話、お受けいたします」
「え、えぇぇ!? 嘘! ルーチェ嬢、そんな感じ全然してなかったじゃん。いや、俺が鈍いだけだったの!!?」
うろたえ、顔を真っ赤にしたアレンは「本当に?」と信じきれない様子だが、さすがのルーチェも先ほど気づいたところですとは言えなかった。
「鈍いのは私の方ですわ。アレン様から思いを寄せられているのも知りませんでしたし……」
「じゃ、じゃあ、本当に? 本当に俺のことが好きなの?」
アレンの不安と情けなさはじわじわと喜びへと変わり、手に伝わる熱が実感を持たせてくれる。その手を握り、さらに空いている手を被せた。至近距離で見つめ合う二人。
「はい、偽りはありませんわ」
「……そっか、そうだったんだ。よかったぁ。俺、ここで嫌われたらもう無理だと思って……」
アレンの肩から一気に力が抜け、気の抜けた笑い声が漏れる。
「ルーチェ嬢の気を引くために、また女装をするとこだったよ」
アレンは今日も勢いよく自滅への思考回路を突き進む。それを聞いた瞬間ルーチェの目がキラリと光り、アレンはすぐに失言に気付いた。
「なんて素敵なんでしょう。かっこいいアレン様だけでなく、可愛いアレン様まで堪能できるなんて。アレン様、私の部屋にもう着られない可愛いドレスがたくさんあるんです。サイズも合うと思うので、今度着せ替え人形になってくれませんか?」
趣味に走るルーチェの食いつきに、身とプライドの危険を感じたアレンは手を離して体をそらせた。
「あの、ルーチェ嬢? まさか俺のことが好きって、そっちの姿がってこと?」
「あ、違いますよ? ちゃんと、アレン様が好きです。でも、一粒で二度おいしいと言うか、どっちもアレン様というか。私、アレン様となら理想の可愛い女の子が作れる気がするんです!」
「待って、なんか遠慮が無くなってない? 心を開いてくれるのは嬉しいけど、ちょっと思ってた方向と違うかな?」
可愛いものが好きで、ミアが理想の女の子だとは知っていた。だが、ここまで積極的になるとは思ってもみなかった。目を輝かせているルーチェに対し、腰が引けているアレン。
だがしばらく押し問答を続けているうちにおかしくなり、二人は笑い転げる。
「信じられないや。あの薔薇園で婚約を結んだのが、本物になるなんてさ」
「そうですわね。あんなに断ろうとしていたのに……。そう思うと、きっかけをくれたライアンにも少し感謝ですわね」
「なんか感謝したくないけど、一応そうなるのかな?」
見つめ合う二人を包む雰囲気は甘く、周囲には花が咲き誇っていた。あの時のバラ園のように。そして、両親に伝えに行こうとルーチェが腰を浮かせかけた時、アレンが焦った声で呼び止める。
「ルーチェ嬢! 一つだけ、お願いがあるんだ」
その真剣な表情に、ルーチェは何か婚約に際して条件があるのかしらと身構えた。しきたりが多い家という場合もある。アレンはまっすぐルーチェを見つめると、固い声音で告げる。
「今度、ちゃんとした告白をさせてくれない?」
「……え?」
「いや、その、やっぱあれを告白とするのは、沽券にかかわるというか……」
拍子抜けもいいところで、もごもごと尻すぼみになるアレンからは、今日のことを気にしているのが伝わってくる。それがまた彼らしくて、ルーチェは肩を震わせて笑った。
「えぇ、楽しみにしていますね」
そうして、無事婚約することになったと両親に報告し、後日家同士で正式に婚約を結ぶことに決まった。話を聞いたヴェラは涙ぐんでおり、その日の夜は前祝だとルーチェが好きなものばかりが食卓に上がったのだ。
さらに余談ではあるが、アレンは帰るなり玄関にてミアとダリスに策を練らずに飛び出して行った無謀さや無礼さをしこたま説教された。だが、恋が実って浮かれているアレンの顔は締まりがない。
そして、どうなったのかと結果を聞いたミアとダリスは驚愕し、突然由緒あるオルコット家との婚約を結んで帰って来た嫡男に、ブルーム家は上を下への大騒ぎになるのである。




