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42.女装、男装せずに、薔薇騎士とお酒を酌み交わす

 四人が案内されたのは、広めのテーブルが置かれた小部屋で、客人が来た時に少人数で食事をするための部屋だった。ほどなく騎士服を着たカミラが姿を見せる。


「ブルーム伯爵子息、突然訪問した非礼をお詫びする。急ぎ話したいことがあったためこのような形での訪問となった」


 騎士の礼を取るカミラは美しく、背も高いため威圧感がある。アレンは猛禽類のような鋭い視線に負けないよう、背筋を伸ばし挨拶をする。


「いえ、高名なカミラ騎士とあれば喜んで、一席設けましたのでゆっくりお話を伺いましょう」


 ブルーム家の嫡男として客人の相手をすることもあるため、アレンは卒なくカミラをもてなす。その姿がルーチェには新鮮で、自分にはできないと軽く目を見張っていた。それぞれが挨拶をして席に着く。暖炉を背にした上座にカミラが、その右手にアレン、奥がフレッド、左手にルーチェ、ミアと並んで座っている。正式な晩餐ではないので、話しやすさを考慮した席順となっていた。


 挨拶の延長線の言葉を交わす間にワインが開けられ、磨き上げられたグラスに注がれていく。ルーチェには少なめ、ミアはブドウジュースだ。時間も夕食時に差し掛かっているため、軽食といえども量と質共に申し分ないものが出て来ている。

 全員のグラスが満たされ、手に持ったのを確認したアレンはぐるりと顔を見まわした。緊張で少し手が震える。


「では、本日のよい出会いに」


 アレンの言葉で全員が少しグラスを上げ、口をつける。


「ほう、これはなかなかのワインだ」


 カミラは宝石のような艶のある赤ワインを一口飲むとその味を称賛した。鼻に抜ける芳醇な香りとまろやかな口当たり、甘みが広がったと思えば後から渋みが引き締めていて、果実の香りが最後鼻に残る。極上のワインで、ルーチェは驚いてグラスを見つめてしまったほどだ。


 アレンが二人の反応に胸を撫でおろした時、ぐいっとグラスを呷り空にしたカミラに紫の目を向けられる。回りくどさを嫌う彼女は、さっそく本題に入った。


「今日訪れたのは現状とライアン殿についていくつか確認をしたかったからなのだが、貴殿らはルーチェ嬢の事情を知っているということでよいのだな?」

「はい、事の発端はライアン殿にあると理解しています」


 カミラは「ふむ」と頷くと、小さくなって座っているミアに顔を向けた。


「ミア嬢、騙されたことでルーチェ嬢を責めたい気持ちはないのか?」


 高位の貴族と話すことに慣れていないミアは、フォークとナイフを持つ手をピタリと止めぎこちなく顔をカミラに向けて答える。


「えっと、身代わりをされていたルーチェ様の方がお辛いと思いますので」

「……心優しいな。ライアン殿に惹かれていたのは顔か? ミア嬢の好みはあのような殿方なのだろうか」

「そう、ですね。美しい方は見ていて楽しいです……」


 まるで取り調べのような会話が続く。カミラがこの件の当事者であるミアに話を聞くのは自然なのだが、実際ミアに扮していたアレンとその相手のルーチェは気が気でない。カミラはグラスを回しながら、見極めようとしているのか鋭い視線を向けている。


「それで、今回の婚約は白紙となったわけだが、本物のライアン殿と婚約したいという気持ちはまだあるのか?」

「……いえ、素敵な方だとは思いますが、私ではふさわしくないと思いましたので」


 きっとそれはミアの本音なのだろう。一目見た印象に惹かれた最初と違い、ライアンを取り巻く女性関係や、起こしてきた問題などを知っているため、一緒に人生を歩める人ではないと理解していたのだ。

 カミラはその返答に、わずかに表情を柔らかくしグラスを傾けた。すぐに空になり、ずっと傍についている侍女が流れるように次を注ぐ。


「そうか、それならよかった。少々ライアン殿の近くは危険だからな。王都の路地裏で襲われて分かっただろう」


 「えっ」と声を上げたのはフレッドとミア、腹芸のできない二人はついアレンを見てしまった。そんな危険があったなんて聞いていないと。それに慌てたルーチェがすかさずカミラの注意を自分に向けようとする。


「ミア嬢は怪我をした私に手当てをしてくれたんです。とても心優しいんですよ」


 だが、経験豊富な騎士であるカミラの目はごまかせない。王妃の護衛として、相手の挙動から思考や次の動きを読む訓練を受けているため、他人事のような反応が引っ掛かったのだ。カミラはミアから視線を外すことなく、グラスに口をつける。ミアは見透かされているような心地になり、完全に固まっていた。泣きそうになっていて、アレンとルーチェがさらに慌てる。


「カミラ様、こちらのワインもどうぞ。フレッドのところで作られたものなんです」


 とアレンが、別のワインを勧め、


「カミラ様がお持ちくださったお肉、とてもおいしいですわ」


 とルーチェが話をそらそうとした。するとカミラは愉快そうに口角を上げ、ルーチェに目線を配ってからアレンの顔つきをじっと見つめた。アレンが勧めたガードナー領特産のワインを給仕に注いでもらうと、一口飲んでからくくっと喉の奥で笑いミアに顔を戻す。


「すまんすまん。私は高圧的だとよく王妃様に叱られるのだ。王宮でも怯えさせてしまっただろう、申し訳なかったな」

「い、いえ! そんなことありませんわ! とてもお優しく言葉をかけてくださり、ありがとうございました」


 カミラに謝罪の言葉を口にされ、恐縮しているミアは反射的に否定をした。その言葉に、当時あの場にいた三人の表情が変わる。ミアを追いかけたのはフレッドであって、ミア自身はカミラを知らないはずだからだ。


 アレン、ルーチェ、フレッドは「やってしまった」と焦りと不安が顔に出ており、カミラは獲物を捕えた肉食獣のように歯を見せて笑った。すると、失言をしないよう影を潜めていたフレッドが体を乗り出してカミラに顔を向ける。


「えっと、あの時は私も余裕がなく追いつめてしまい、ミア嬢は少々記憶が混乱しているようで」


 なんとかごまかそうとするが、上官の目が怖い。アレンも心臓をバクバクさせながら、助けに入る。


「妹は男性にも慣れていなくて、ルーチェ嬢に近づかれて驚いたみたいで、少し記憶が飛んでいるのかもしれません」


 さらにルーチェも必死の表情で、ミアをかばおうとした。


「私が庭に来たライアンに驚いて、引き寄せたのがいけなかったんです。ちょっと刺激が強すぎたようで」


 慌てふためいている三人に対し、ミアは何かまずいことを言ってしまったのかと顔を青ざめさせた。その反応を一巡して堪能したカミラは、意地悪く微笑む。


「三人は何を言っている。私はただ、先日王宮の茶会でミア嬢と伯爵夫人に挨拶をした話をしているだけだが?」


 やられたと、三人の心の声が一つになった。表情は罠にかかったことに気付いた小動物のような悲壮なもので、カミラはおいしそうにワインを飲み干すと笑い飛ばす。


「ずいぶん面白そうなことを隠しているようだな。そこのミア嬢は確かに本物だが、状況をあまり理解していない様子。逆にアレン殿は詳しそうだ……これはいかに」


 愉快そうなカミラに視線を向けられ、アレンは喉元に剣を突きつけられているような錯覚に陥る。そこに、「お兄ちゃん、ごめん……」と涙目のミアが退路を断った。ルーチェとフレッドは申し訳なさそうな目をアレンに向けており、もはや自白以外の道がない。


「……俺が、ミアに扮していました」

「となると、ルーチェ嬢と同じように? 双子でもなく、まして男が女にたやすくなれるのか?」


 カミラは予想がついていたのか、驚きは少なかった。アレンは小柄で女顔とはいえ、女性には見えない。まして妹に扮するとなると、普通の女装よりも難易度があるのだ。


「アレン様の女装は完璧でしたわ。私は最後までミア嬢だと思っていましたから」

「まあ確かに、付き合いが長くなければ騙される出来だったな。声も似せてたし」


 実際アレンの女装を見た二人の言葉に、カミラは「ほぅ」と好奇心に彩られた瞳をアレンに向ける。こうなればもうアレンはやけくそで、少しお酒が入っていたこともあって開き直るのも早かった。椅子から立ち横にずれると、目に見えないスカートをつまんでカーテシーをしつつ裏声で挨拶をする。


「ミア・ブルームですわ。カミラ様、これで信じていただけたでしょうか」


 小鳥がさえずるような声は、ミアと限りなく近い。同時に聞き比べればさすがに違いがわかるが、身代わりになるには十分すぎるほどだ。この変わりようにカミラは呆気にとられ、グラスを持つ手が止まっていた。居心地の悪い沈黙に、アレンはさっさと席に戻る。


「……いや、まさかこれほど似ているとは驚いた。アレン殿、それはもう才能だな」


 カミラは心の底から賞賛していたが、女装を褒められてもアレンは嬉しくない。やけ酒だとグラスに残っていた赤ワインを呷った。


「お兄様は私の身代わりになって、ライアン様にフラれるつもりだったんです」

「なるほど。それが、ライアン殿の方もルーチェ嬢が身代わりになっていて、うっかり婚約をすることになったということか。ならば、ミア嬢は最初から婚約するつもりはなく、今もライアン殿と婚約する気はないということだな?」


 なぜカミラが自分の気持ちをそれほど確認するのかと思いつつも、ミアは頷く。


「はい、まだ婚約を考えるには早いですし、ゆっくり探そうと思っています」


 その疑問は三人も同じで、不思議そうな顔で話を見守っていた。そして、満足そうに答えを受け取ったカミラは、四人の顔を見まわした。


「では、私がライアン殿をもらい受けても問題はないな」


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― 新着の感想 ―
[一言] ワインにはシナモンクッキーもよく合うですね しかし、酔っぱらえるような話題ではとてもないなあ
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