19.女装する前に、王宮の夜会で妹と踊る
王宮で開催される夜会でも、比較的気軽に参加できるものがある。それが、今回アレンとミアが参加している夜会だ。参加者は若者が多く、デビューが迫っている令嬢や子息も最後の調整に参加することが多い。日が沈まないうちから始まり、夜遅くなると親の代が集まる本格的な夜会となるのだ。
そうはいっても、王宮主催となれば身につける夜会服もそれに相応しいものであり、緊張もする。アレンは体が固いミアを優しくエスコートし、広間に入った。王宮の広間は何度見ても荘厳で、シャンデリアの輝き、壁を彩る花と絵画の色使い、靴を押し返すカーペットの質感、どれをとっても一級品だ。
「お兄様、とても美しいですわね。感動しましたわ」
ミアはキラキラと目を輝かせ、外向きのきれいな言葉づかいで話す。その様子に、妹を天使と称えるアレンは、成長したなぁと目頭が熱くなった。
「おいしいケーキもあるから、あとで食べに行こうな」
「まぁ、楽しみです!」
この夜会は数百人規模であり、どこかにオルコット伯爵子息もいるのだろうが、アレンの見える範囲にはいなかった。初めて王宮の夜会に参加するミアは、興奮してアレンの袖を引き、「あの殿方、お顔も服のセンスも素敵ですわ」とはしゃぐ。
面食い二人で鑑賞会をしていれば、ファンファーレが王と王妃の入来を告げ、皆が一斉に頭を下げた。そして開会のあいさつとして王の言葉を賜る。王はこの国の建国に触れ、自分自身が恋愛の末に王妃と結ばれたこともあり、「心のままに生きよ」と激励をしていた。愛の国と呼ばれるだけはある。
「素敵なお話でしたわ。私も、陛下のような心揺さぶられる恋をしたいものです」
ほぅと息を吐いて、まだ見ぬ恋に思い焦がれるミアに、アレンはすぐさま言葉を返す。
「次は行動を起こす前に、まず言ってね。俺がミアにふさわしい相手か見極めるから」
またとんでもないのに引っ掛かるのではと、兄として気が気ではない。そして、両陛下が退室されると、ダンスの曲が流れ始めた。参加者が多いため、最初のダンスは家格が高い者からと決められている。公爵、侯爵家を始め、伯爵家の中でも重要な地位にあるブルーム家は一番目に割り振られていた。
「さぁ、ミア、一曲踊ろうか」
可愛い妹と踊れると思うと、心が弾む。真ん中は上の貴族に譲り、アレンは全体を見回せる隅の方に進んだ。可愛いミアをできるだけ人目につかせたくなかったのもある。
「お兄様と踊ると、楽しいですわ」
「俺も、ミアと踊るのは好きだよ。すごく踊りやすい」
子供の頃から何度も一緒に踊っているので、意識しなくても流れるように踊ることができる。ミアが踊りたいように合わせられると、アレンは気持ちがいい。周りを見る余裕もあり、好みの顔を見つけてはコソコソと教え合っていた。何度目かのターンを終えた時、ミアがあっと小さく声をあげる。
「ライアン様がいらっしゃったわ」
ミアの視線をアレンが追うと、二人とは対角線上に銀色の髪の男女が見えた。顔ははっきり見えないが、雰囲気とあの周りに人が集まっているので間違いないだろう。
「相手は……妹かな?」
銀色の長髪と、薄水色のドレスであることは分かる。
「きっと、妹様も美しいお顔立ちをされているのでしょうね。ぜひお会いしたいわ」
「ん~。似ていると思うけど、今一つ記憶にないんだよな」
王宮関連の式典や夜会で顔を見ているはずなのに、不思議と兄の方の印象しかない。気になるのか、ちらちらとオルコット伯爵兄妹に視線を送っている妹を見て、泣いて会うのを嫌がっていたのに、面食いだもんなぁと諦め顔だ。そんなアレンも、あの女たらしの妹には興味がある。きっと美しいに違いない。
「お兄様、この後ライアン様にお会いになるのですよね」
声を潜めてミアに確認されたので、アレンは小さく頷く。すでに、手紙で密かに会うことを約束してある。そのために、アレンはミアが休むためという名目で両親に控室を一室用意してもらっていた。化粧道具や替えのドレスを置いたり、密談をしたりするために、夜会の際は個別に王宮の部屋を押さえる家も多いのだ。そこに女装道具一式を用意して、ダリスに待機してもらっている。
「気を付けてくださいね」
天使な妹に心配そうな顔で見つめられれば、頑張らない兄はいない。一曲踊り終え、ミアにダンスを申し込みたそうな男たちを蹴散らす様に、手を引いて広間を後にする。そして、控室では急いでダリスにミアにしてもらい、アクセサリーも付け替えた。この日のために、同じドレスを二着作っていたため、二人が並ぶと鏡合わせのようになっている。
「何度見ても、お兄ちゃんだなんて信じられないわ」
「今日で、この格好をするのも最後だよ」
何度も女装をしていると感覚がマヒしていたが、妹に見られるとやはり恥ずかしい。
「あの女たらしに婚約破棄をつきつけて、今まで散々女心を弄んだことを後悔させてやる!」
「お兄ちゃん頑張って!」
意気揚々と控室を出たアレンがスカートを持ち上げながら向かったのは、手紙で指定されていた裏庭だ。王宮は豪勢な中庭が有名であり、裏庭の存在は聞いたことはあっても、初めて行く場所だった。人目に付きにくい場所のようで、ご丁寧に道順まで書いてあったところから見ると、何度も使用しているのだろう。
広間から遠くなれば喧騒は消え、使用人たちは夜会にかかりきりなのか、誰ともすれ違わない。まさに、密会にはもってこいの場所だった。
廊下を抜け、外廊下から裏庭へと抜ける。低い樹木と、色とりどりの花が咲いているこじんまりとした庭園。そのベンチに、標的が座っていた。




